あ! バナナがひかれる! 市場の中を行くメークロン線の日本製ディーゼルカー。列車は1日4往復なので列車が来ない時間帯は線路上も市場と化す。ちなみにバナナは無事だった(撮影/櫻井寛)
あ! バナナがひかれる! 市場の中を行くメークロン線の日本製ディーゼルカー。列車は1日4往復なので列車が来ない時間帯は線路上も市場と化す。ちなみにバナナは無事だった(撮影/櫻井寛)

 鉄道写真の楽しみ方には各国で違いがある。決められたルールも撮る側の守るべきマナーも、それぞれである。「アサヒカメラ」2月号では、世界95カ国の鉄道を撮影してきた櫻井寛さんに英国、スイス、タイの鉄道撮影事情を解説してもらった。ここではタイでの撮影事情を紹介する。

【鉄道写真家・櫻井寛がタイやイギリス、スイスで撮影したフォトギャラリーはこちら!】

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 タイでは日本で製造され、海を渡った蒸気機関車が5両ほど動態保存されており、国王や王妃の誕生日、鉄道記念日などに特別運行される。ダイヤは事前に発表されるので旅行計画も立てやすい。2018年の鉄道記念日には、バンコク│アユタヤ間で、パシフィック形蒸気機関車が重連で10両編成の特別列車の先頭に立ち、雄姿を見せてくれた。

 その日、バンコク・ファランポーン(中央)駅で、美しき鉄道写真家、吉永陽一さんとバッタリ会ったことは、本誌18年6月号「ぞっこん鉄道」に記したが、実はそこには書かなかったことがある。吉永さんは、ホームではなく線路を横断して私のほうに来たのだ。そして、「ホームが低いから簡単に渡れちゃうわよね」と、悪びれずに笑った。事実、ファランポーン駅のホームは低い。10センチほどしかないので、線路横断などいともたやすいのだ。

■市場の中をディーゼルカー

 一方、バンコクの西郊を走るローカル線のメークロン線は、市場の中をディーゼルカーが走ることで有名だが、列車が来ない時間帯は、線路の両わき、それもレールのギリギリまでバナナやマンゴー、野菜や魚が並ぶ。そして、買い物客は、2本のレールの間を歩きながら買い物するのである。ディーゼルカーの運転士も心得ていて、市場に差しかかる直前にタイフォンを鳴らす。すると、瞬く間に市場を覆うテントは跳ね上げられ、人々は店内(?)に避難し列車を通過させるのだ。列車が通り過ぎると、何事もなかったかのように市場は再開する。これがタイの鉄道の日常であり、線路は人々の生活の場というわけだ。

 鉄道は2本のレール上を走るところまでは各国変わりないが、その国の気候、風土、政治、宗教などによって異なる。そこが面白いわけだが、「郷に入っては郷に従え」の教えどおり、例えば英国では紳士的に、スイスではマナーを守り、タイではオールフリーで撮影をエンジョイしたい。

◯櫻井寛(さくらい・かん)/1954年、長野県生まれ。鉄道員にあこがれ昭和鉄道高校に入学したが、在学中に鉄道写真にみせられ、日本大学芸術学部写真学科に進む。卒業後、出版社写真部勤務を経て、90年にフォトジャーナリストとして独立。93年、陸路海路のみで88日間世界一周。94年、『鉄道世界夢紀行』で第19回交通図書賞を受賞。著書に『ぞっこん鉄道今昔』(朝日新聞出版)など多数。