「19被安打」なのに完投する羽目に…投手を襲った“悔しい災難” (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「19被安打」なのに完投する羽目に…投手を襲った“悔しい災難”

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久保田龍雄dot.

オリックス時代の長谷川滋利 (c)朝日新聞社

オリックス時代の長谷川滋利 (c)朝日新聞社

 7回までノーヒットノーランに抑えながら、安打を許して記録がパー。過去にも何度かある話だが、クリーンヒットを打たれたのならともかく、「そんなのあり!」と言いたくなるようなまさかの一打で記録が止まったのが、日本ハム時代の西崎幸広。

 95年4月22日の西武戦(東京ドーム)、西崎は2四球を許しただけで、西武打線を7回まで無安打の力投。

 だが、3対0とリードして迎えた8回に思わぬアクシデントが待ち受けていた。この回、先頭のデストラーデが西崎の100球目をセンターに高々と打ち上げた。この日打点を記録している大貝恭史が難なく捕球すると思われたが、なんと、大貝はボールを見失ってしまい、飛球はその頭上を通過していくではないか。当時の東京ドームは天井が白かったため、白いボールが消えたように見えることもしばしばあった。

 ボールは大貝の後方にポトリと落ち、人工芝の上で大きく弾むと、フェンス際まで転々。この間にデストラーデは三塁に達し、記録は三塁打。この瞬間、ノーヒットノーランは幻と消えた……。

「(記録は)意識していなかった」という西崎だが、完全に打ち取った当たりで記録が途切れ、「後続を抑えなければ」と逆に力んでしまった。

 次打者・鈴木健に四球を与えると、垣内哲也に左越え3ランを浴びて、あっという間に3対3の同点。伊東勤を右飛に仕留め、ようやく1死を取ったが、田辺徳雄にも中前安打を許し、無念の降板となった。

 89年4月13日の西武戦(西武)でも7回までパーフェクトに抑えながら、8回に清原和博の一発に泣いた過去を持つ西崎は「西武相手にそう簡単にはいきませんよ」とコメントしたが、それから74日後の7月5日の西武戦(東京ドーム)で史上60人目のノーヒットノーランを達成。2度も記録を止められた因縁の相手に3度目の正直でリベンジをはたしたのは、お見事だった。

 19本もヒットを許したのに、9回を完投する羽目になったのが、オリックス時代の長谷川滋利。



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