日本の考古学の原点が明治10年のモースによる大森貝塚発掘とされるわけだから、当時の陵墓決定には当然、古墳の型式学的検討などの近代考古学や歴史学の研究成果が全く反映されていない。しかもいったん決まると皇室法上、変更の規定がないという。「150年前から時が止まったまま21世紀を迎えている」と著者は嘆く。

 明治以前には天皇陵古墳でも里山として利用されたり、古墳をめぐる周濠は溜池として灌漑に供されたりした。奈良盆地は慢性的に水不足の地だった。箸墓古墳も半分ほど池が取り囲む。中には、今では立ち入れない墳丘の頂上付近に鳥居や灯篭がたつ江戸時代の絵図も残されている。天皇陵古墳は各時代に地域の人々と深いかかわりがあったのだ。

 今年は平成が終わり、新しい時代を迎える。皇室に新しい風が吹いてもおかしくない。天皇陵古墳の在り方が再検討される時期といえよう。本書は古墳探訪のよきガイドブックとしてだけでなく、天皇陵古墳のありようを考える格好の手引きになっている。

牧村健一郎
ジャーナリスト。元朝日新聞記者。1951年生まれ。主な著書に『新聞記者夏目漱石』(平凡社新書)、『獅子文六と二つの昭和』『日中をひらいた男 高碕達之助』(ともに朝日選書)がある。