それからは、ほとんど記憶がありません。第二志望校の合否発表の際、自分の受験番号が書かれていないボードを見ていたのは覚えています。ほかの学校は、すべて母親が見に行ってくれ、「落ちてたよ」と教えてくれました。

 どの学校にも合格せず、受験が終わったとき「もう人生は終わりだ」と思いました。通っていた塾の講師から「偏差値50以下の人は、この先、人生がないと思っていてください」と言われていたからです。今後の将来に、どうしても希望が持てませんでした。

 私の受験失敗への思いは、このあと2年間ほどこじらせて、不登校へとつながっていきます。

 この思いが完全に晴れたのは10年後。21歳になったころ、『不登校新聞』に入って数学者・森毅さんの講演を取材した際のことです。講演中、森さんは「受験生のみなさんへ」と切り出して、こんなことを話してくれました。

「もしも試験中、あなたが『正解がわからない』と思うことに出会っても、すぐの正解は求めなくてもいいんです。もしも『一生、正解が解らない』と思うことに出会えたら、それはあなたの財産です」

 アドバイスの背景になっているのは、宇宙の成り立ちや、大きさといった「解けそうにない難問」に魅せられた偉大な科学者や数学者たちです。

 私は、この言葉を聞いてようやく「受験生の私」から卒業できた気がします。考えてみれば、女優の東ちづるさんも、作家の田中慎弥さんも、受験失敗という問題を抱えたことから、自分の人生をスタートさせました。それは大学に合格することよりも、結果的には価値の高かったことだと思います。私自身も自分の受験失敗がなければ、人生がどれほどつまらないものだったか、と思っています。

 もちろん受験生のみなさんが、がんばっていることを否定するつもりはありません。ただし受験にとって価値のあるものは「合格」や「正解」だけではないと思っています。すくなくとも「受験に失敗したら人生が終わり」なんてことはありません。

「もっとやれたはずだ」「なぜできなかったんだ」と悔いている方もいるかと思います。そんなときは、どうか森毅さんの言葉や、東ちづるさん、田中慎弥さんの活躍を思い出してもらえればと願っています。(文/石井志昂)

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石井志昂

石井志昂

石井志昂(いしい・しこう)/1982年、東京都町田市出身。中学校受験を機に学校生活があわなくなり、教員や校則、いじめなどを理由に中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からNPO法人全国不登校新聞社が発行する『不登校新聞』のスタッフとなり、2006年から編集長。これまで、不登校の子どもや若者、識者など400人以上に取材してきた

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