■「第二の消えた年金」はオーバーではない

 以上がこれまでの経緯だが、実は、この問題は時間、地域、省庁、三つの側面から拡大する可能性が高い。

 まず、「時間」軸について考えてみよう。

 大規模事業所の方が平均的に見れば、中小規模の事業所に比べて給与は高い。04年に大規模事業所の数を3分の1に減らして、何も補正せずに計算すれば、大規模事業所の数字がその分反映されなくなり、平均の数字は下がる。誰でもわかる簡単な話だ。それにもかかわらず、厚労省は、補正を行わないで、低めに出た数字を公表し続けた。

 これについては、数字を低くすれば、失業保険などの給付額を少なくして歳出を抑制することができると考えたのではないかという指摘がある。しかし、31年間官僚をやった経験から言うと、厚労省の役人にとって、そんなことをやっても何の意味もない。不正をしていたとわかれば、自分が捕まる可能性がある。予算を削減したと言っても、その理由が不正なのだから、与党政治家に自慢することはできないし、財政当局を喜ばせることもできない。もちろん、天下り先が増えるわけでもない。したがって、犯罪者となるリスクを冒してまで不正を行うことは考えられない。

 ここで、03年以前の調査でも、実は3分の1程度の大規模事業者の調査しかできていなかったと考えると、この疑問は氷解する。つまり、04年から不正が始まったのではなく、03年以前も事実上の不正状態だったということだ。

 私の官僚時代、直接統計を担当したことはなかったが、経済政策を担当していたので、統計については、ずいぶん悩まされることが多かった。一番困ったのは、統計の数値に不自然なことを発見した時に、それについて各省庁の統計部局に問い合わせても、徹底的な秘密主義で、ほとんどまともに答えてもらえなかったことだ。その理由は、実は、多くの統計が、実態は「ボロボロ」で、答えるとそれがバレるからだった。

 今も同じだが、まず、総理はもちろん経済担当の大臣たちに統計のことがわかる人はいない。官僚も似たようなもので、次官や局長クラスで統計を重視している人は滅多にいない。そんな中で、行政改革という号令のもとに、役所の人員や予算を削れと言われると、統計部局の予算や人員がどんどん削減されることになった。

 一方、お上の言うことに民間企業は黙って協力するという時代はとっくの昔に終わっていた。役所以上に効率化を求められる民間企業にとって、統計調査には協力したくないという雰囲気が広がった。統計の調査票が回収できないケースが年々増えたのは当然だ。

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