森山が友部の音楽に出合ったのは中学生のころだった。

「友部さんの『こわれてしまった一日』のPVをCSの音楽専門チャンネルで観たのが最初です。景色を描写し、心象風景が歌われていました。この人、何者? 生きてる人なの? 調べたら、現存していた。その後御徒町にも聴かせて、2人で吉祥寺のライヴハウス、曼荼羅に友部さんの歌を聴きに行きました。あれからずっと影響され続けています。僕の最新アルバム『822』の中の曲『出世しちゃったみたいだね』にも友部さんの影響を感じています。だから、今回はレコーディングにも参加していただきました」

 森山はデビュー後、自分が出演するテレビの音楽番組で友部との共演をリクエスト。「こわれてしまった一日」を一緒に歌った。

「デビューして、やっとお目にかかれた。その3日後には、友部さんが1年の半分を過ごしているニューヨークのアパートにおじゃましていました。音楽の話をしたり、セントラルパークで並んでランニングしたり。自分が目指して、でも届かない人を“雲の上の人”と言いますけれど、僕にとって友部さんは“雲のような人”です。実体があるような、ないような。つかめそうで、今もつかめない人です」

 友部との出会いもあり、森山は風景描写によって心情を歌う作品作りをより意識するようになった。森山がステージで歌うと、曲は客席に向けて鮮やかに色彩を放つ。

 森山の作品は具体的なメッセージを歌うラヴソングや応援歌ではない。リスナー側が自分で想像をふくらませる余白がある。ステージで歌うのは森山直太朗。でも、3000人のオーディエンスはそれぞれが違う風景を頭に描いているのかもしれない。

「今回の僕のライヴは客席をあおったり、同じ動きを求めたりしないので、皆さんはそれぞれ自分なりの楽しみ方をしてくれているのでしょう。そんな空気のなかで、会場全体が炭火のようにじわじわ熱くなっていくコンサートです」

 客席を見渡すと、森山のファンには女性が多い。たとえていうと、カフェの窓に面したテーブルで、1人読書をしていそうなタイプ。彼女たちは小説の行間を楽しむように、森山直太朗の音楽も味わっているのかもしれない。(神舘和典)

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神舘和典

神舘和典

1962年東京生まれ。音楽ライター。ジャズ、ロック、Jポップからクラシックまでクラシックまで膨大な数のアーティストをインタビューしてきた。『新書で入門ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)『25人の偉大なるジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。「文春トークライヴ」(文藝春秋)をはじめ音楽イベントのMCも行う。

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