平成でわずか1度だった“ON決戦” 取材記者が感じた王の気遣い【喜瀬雅則】 (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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平成でわずか1度だった“ON決戦” 取材記者が感じた王の気遣い【喜瀬雅則】

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喜瀬雅則dot.
ダイエー時代の王監督(左)と巨人時代の長嶋監督(右) (c)朝日新聞社

ダイエー時代の王監督(左)と巨人時代の長嶋監督(右) (c)朝日新聞社

 2人の姿は、全く見えなかった。

 日本シリーズでは、開幕前日に監督同士が握手する2ショットを公開するのが“恒例行事”でもある。その撮影時のことだった。

 平成12年、いや、西暦2000年と言った方がどこかしら時代の節目を強調できるのかもしれない。長嶋巨人と王ダイエー(現ソフトバンク)との間で争われた頂上決戦。巨人の9連覇を支えた「ON」が、ともに監督として日本一を競い合う。2人の初となる直接対決はまさしく、異様な盛り上がりを示していた。

 東京ドームのホームベースを挟み、2人が並び、そして握手を交わす。ONを取り囲む輪は何重にも膨らんでいく一方だった。

 現役時代の番記者たちは当時、新聞社やテレビ局で管理職になっている方々が多くなっていた。その重鎮たちが、ONのそろい踏みに居ても立ってもいられなかったのは間違いない。当時の私はスポーツ紙のホークス番1年目。かつての王番、長嶋番の方々とのキャリアの差、王との距離を考えても全く太刀打ちできない。無力感すら感じていた。

 2ショットのシーン。ONが交わす言葉を聞き逃さないよう、番記者としては囲むその輪を押しのけて前に出ていかないといけない場面でもあった。しかし、私はどこかしら、気後れしてしまった。気づいたら、輪の大外にいた。フラッシュの嵐に包まれるONの姿すら、肉眼で捉えられなかった。

「ON決戦」といえば、どうしてもこの時のシーンと、自分の心の内に去来したことが思い出されてしまう。当時の球団スタッフや広報担当と、この日本シリーズの話になると、今でも互いにうなずき合える。

「あんなに記者がいた日本シリーズ、後にも先にも、もうないですね」

 そんな喧噪の中でも、王貞治という偉大なる野球人の“心遣い”はさすがとうならされるばかりだった。試合前はかつての王番だったベテラン記者たちに囲まれ、試合のことはもちろん、思い出話にも花が咲く。私のようなキャリアの浅かった番記者は口を挟めなかった。

「君たちも大変だよな」



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