医師が「奥さんの名前は何ですか」と聞いたので答えた。忙しいのか、配偶者の名前に関するやりとりだけで、質問は途切れた。自分からは「今日はどんな天気ですか」と質問した。答えは覚えていない。途中で、いま起きていることを文章にしようと思った。そうすると、意識が戻ってくることに気づいたためだ。

 早々に配偶者を呼んでくれとお願いしていた。しかし、配偶者の到着は実際には10時過ぎと遅かった。これは、病院内もしくは病院から配偶者への連絡が一部で滞っていたせいかもしれない。

「野上さんだいぶ落ち着きましたね」と看護師が言った。このころには、私も冗談を言う余裕を取り戻していて、「おかげさまで。三途の川は見えなかったですけど」と答えた。ベテランの看護師が「三途の川は見えたんですか」と聞いた。「いや見えなかったんです」と念押しした。ただこの余裕も束の間のことだった。

 4日未明から、むずむず脚症候群を発症し、脚がむずむずしていてもたってもいられない。そのための薬を投与した。そのせいで、今度は眠気が襲ってきた。「脳みそがとろけそうだ」と配偶者に言った。

 体の苦しみは、続いていく。その話はまた別の機会にお知らせしたい。

※この連載が書籍になることが決まりました。その作業のため、今後は事前の告知なく連載をお休みする場合があります。ご了承ください。

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野上祐

野上祐

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

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