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「もう一度、一揆を起こします」 難治がんの記者が忘れられない同僚の行動

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

眺めるたびに色々な表情を見せてくれる福島の空と雲。福島市内のあづま総合運動公園。福島から東京に引っ越す直前の一昨年2月14日に撮影した

眺めるたびに色々な表情を見せてくれる福島の空と雲。福島市内のあづま総合運動公園。福島から東京に引っ越す直前の一昨年2月14日に撮影した

そんな熱さのいっぽうで、ふだんの彼は穏やかでマイペースだった。ある日、2人で昼飯を食べていて会話に飽きたのだろうか。彼は店内に流れていた曲をしきりに気にし始めた。「これ、なんて曲でしたっけ」。スマートフォンで調べると、槇原敬之の「遠く、遠く」だった。

 福島で働き出してから、この時のことを思い出した。日本酒の造り手を描く地方版連載のタイトルを考えていて、とある案がひらめいたのだ。新酒鑑評会の金賞獲得数で日本一を続けながら、さらなる高みをめざす造り手たち。その姿にぴったりだと悦に入ったのが「高く、高く」だった。少しして、「遠く、遠く」からの連想だと気づいたが、それ以上のものは見つからず、タイトルは「高く、高く」になった。

  ◇
 一昨年7月。東京に戻って初めてコラムを書き、朝日新聞デジタルで配信された。テーマこそ参院選だが、ふつうの政治記事よりはるかに長く、タッチも独特だ。紙の新聞には載らない、と上司から言われ、納得していた。

 そこに彼から電話があった。「新聞に載せても構いませんか」。それはありがたいけど、と、いきさつを説明すると、すぐにメールが来た。

「もう一度、一揆を起こします」

 ガツン、とやられた。もう十分だ、と心の中でつぶやいた。どれほど彼ががんばろうと、紙面には載らないかもしれない。でも、動くと約束してくれた仲間がいる。それだけで十分じゃないか。このときのことを思い出すと、今でも目頭がツンと熱くなる。

 彼はすぐに動いた。まずは身近な仲間の賛成を取りつけ、紙面づくりの打ち合わせで、他の出席者らを「掲載賛成」でまとめたのだ。

 実際には「一揆」というほど乱れた場面はなく、みな賛成してくれたという。しかし、初めに彼が声を上げなければ、どうなっていたかはわからない。だからこそ「この指止まれ」と彼がやって、掲載に道筋をつけた意味は大きいのだ。

 紙面とデジタルで違うのは、コラムが紙面に載ると、デジタルでは届きにくい高齢層などからの激励が電話、手紙で寄せられることだ。社内でも評価された。あれがなければ、こうして書き続けていられたかどうか。すべては彼から始まったのだ。


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