そのことに気づいても「世良さんに限って」などと言っているヌルい萬平。福子は夫ファーストだから、なかなか事実を認められない。だが結局、確認の電話をする。後ろに鈴さんがスックと立っている。鈴さんが電話を掛けさせたとみて、間違いないと思う。福子のこの電話から、萬平の運がひらけてくる。鈴さんが起点。

 戦後まもなく鈴さんは、萬平、福子と一緒に次女の家に身を寄せていた。深夜に泥棒が入ったことに気づいた鈴さんは、こう叫ぶ。「皆の者、出合えー、出合えー」。この泥棒が萬平のビジネスパートナーになる。頼もしい鈴さん。

 松坂慶子という役者は、存在自体で雰囲気を醸し出す達人だと思う。

 朝ドラ「ゲゲゲの女房」では、ヒロインを見守る貸本屋「こみち書房」の店主を演じていた。長男が疎開先で病死し、そのことにわだかまりを持つ夫を気遣い、近所の工場に勤務する青年に長男を重ねて何くれとなく面倒をみる。「他人ファースト」の母性の人。

 それが一転、「自分ファースト」の母に。家出の理由を福子の姉に説明するシーンでは、「赤津がね」と従業員の名前を口にする。どんな人かの説明は一切なし。次女が「赤津って誰?」と小さくつぶやく。クスッと笑える。

 こんな振る舞いが、鈴さんをわがまま放題な人に見せない。憎めない人の雰囲気、全開だ。

 最後に、そんな鈴さんのこれからについて。

 「朝ドラ、あるある」のひとつが、年を重ねた登場人物の幸福な死だ。家族に見守られて息を引き取るシーンは、よく描かれる。

 鈴さんは今のところ、すこぶる元気だ。公式ホームページのには、「(萬平と鈴の)二人の間でたちまわる福子の奮闘ぶりが本作のみどころの一つ」とある。

 みどころであれば、そう簡単に消してしまうわけにはいかないだろう。これは鈴さん、長生きしそう。鈴さんの奮闘を、末長くお願いしたい。(矢部万紀子

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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