私が社会に対してどこか楽観的なのは、こうした授業や実体験、人や本との対話をごった煮した結果なのだろう。

 来月にはノーベル賞の授賞式が催される。

 以下は医学生理学賞の受賞が決まった研究者に安倍晋三首相がかけたお祝いの電話だ。

「研究の成果は、がんやパーキンソン病など難病に苦しむ方々に光を与えたと思う」(一昨年10月3日、大隅良典・東京工業大栄誉教授に)

「研究の成果で多くのがん患者の皆さんに、希望や光を与えられたんだろうと思う。私の大変お世話になった方も、オプジーボで命が救われた」(今年10月1日、京都大学高等研究院の本庶佑(ほんじょたすく)副院長・特別教授に)

 さて、首相が繰り返した「光」はどこから、あるいはどこまで及ぶのか。

 私がかかる膵臓(すいぞう)がん。生存率が低い理由の一つが、使える抗がん剤の種類が少ないことだ。

 首相が「苦しむ方々」とよんだ現在進行形の患者のうち、将来生まれる新しい抗がん剤の恩恵を受けられる人がどれぐらいいるか、心もとない。

 そのいっぽうで、将来、膵臓がんにかかる潜在的ながん患者は新薬が間に合うかもしれない。

 光は光源から遠ざかるほど薄くなり、ゼロに近づく。しかし、光が一つあればそれを目印に、さらに広く強く世の中を照らし出そうと、後に続く人が出てくるかもしれない。

 天下の大勢に合わない暴君……ではなく病や数々の障害を取り除こうと1人、10人、そして100人が立ち上がる姿が目に浮かぶ。まだ埋もれていたsomethingがやがて姿を現し、世の中を照らし出す。

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野上祐

野上祐

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

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