すったもんだした理由の一つは、忠則さんにとって「そんなの解決にならない」という信念でした。しかし、順子さんに聞いてみると、それでいい、と言います。なので、私は

「順子さんは、こういう風に対応してほしいと言っていますが、それを信じますか?」

とお聞きしました。忠則さんは、

「それは分かりますが、それでは根本的な問題が解決しないですから」

とおっしゃいます。私は、順子さんにお聞きしました。

「忠則さんはこうおっしゃっていますが、順子さんにとって問題は何ですか?」

順子さんは、はっきりおっしゃいました。

「夫が話を聞いてくれないことです。別に私の言っていること全部同意して欲しいとか、言う通りにして欲しいとかじゃなくて、順子はそう思っているんだ、ってわかって欲しいだけなんです」

「問題は分かりましたか?」と忠則さんにお聞きしました。忠則さんは、半信半疑のようではありましたが、

「わかりました。やってみます」

とおっしゃいました。次のセッションで、

「夫が、今までも優しくしてくれていたんだな、って感じることができるようになりました」

と順子さんはおっしゃって、一筋涙が流れました。

 忠則さんは、こう言いました。

「私は理系なので、どうしても原因を追究して解決したくなってしまうんですけど、前回言われた、『問題は話の内容ではなく話を聞いてもらえないこと』というのを思い出して、頑張りました。いまだに、私的にはしっくりはしていませんが、妻がこれでいいというなら、受け入れざるを得ませんね」

 それは、上で述べた適切な方向の努力です。そうすることで、不思議なことに「今までも」優しくしてくれていた、と順子さんが感じるようになったのです。つまり、量的には努力してくれていたことに気付いたのです。

時には、喧嘩したり、うまくいかない状況に陥ることがあっても、忠則さん順子さん夫婦のように、より相手を理解する方向で2人が幸せにやっていける道を見つける試行錯誤をしていけるのが、私は、いい夫婦だと思います。(文/西澤寿樹)

※事例は事実をもとに再構成しています

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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