外国人が疑問に思う日本語「素直に嬉しい」「普通にすごい」 鴻上尚史がズバリ解説 (2/7) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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外国人が疑問に思う日本語「素直に嬉しい」「普通にすごい」 鴻上尚史がズバリ解説

連載「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」

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dot.#鴻上尚史

【鴻上さんの答え】
 Qさん。日々の日本国民としての国際親善のお勤め、ご苦労さまです。Qさんのような努力の積み重ねが、国際平和へとつながるんだと僕は思っています。いや、本気です。

 将来、もし日本が国際紛争を解決する手段として武力を行使しようとする時が来たら、どんなに正義の御旗が掲げられていても、相手国に友達がいることは、戦争への最後の理性的抑止力になります。武力ではなく、外交で国際紛争を解決しようと粘り強く交渉する一番の理由は、戦う相手国に友達がいて、戦場で殺し合うかもしれない、友達の家族に爆弾を落として殺すかもしれないという可能性を認識することですから。

 さて、僕なら、ジョンにこう答えます。

 昔、江戸時代まで日本は「世間」というシステムによって構成されていました。国民の多数である農民は「村落共同体」という「世間」に所属していました。商人は商家、武士は藩が「世間」でした。

 村の「世間」の人口が一番多いので、村で説明します。

 村の最大テーマは、「利水」でした。稲作や畑作のためには、村全体の田畑にまんべんなく水を引くことが最重要課題でした。

 雨がたくさん降った年はいいですが、日照り気味の年では、どこか一軒の農家が水を大量に使ってしまったら、他の田畑は全滅してしまいます。

 ですから、村の掟、「利水」に関するルールは死活問題で絶対に従うものでした。

「村八分」という言葉をQさんは知っているでしょうか? 村の掟に背いた者は、火事と葬式の時以外は無視するという厳しい処分のことですが、火事と葬式は人間的優しさで許しているわけではありません。

 火事は手伝って消さないと村全体に広がりますし、葬式は放っておくと死体を埋めないままで腐って疫病が広がる可能性があったから手伝ったまでです。

 この厳しさは、キリスト教やイスラム教などの一神教が信者に要求する強さと同じものです。

 旧約聖書に書かれた、神から与えられた戒め「モーゼの十戒」は、日本人には「盗むな」とか「姦淫するな」として知られていますが、一番目の戒めは、「わたしの他に神があってはならない」です。神は、私を唯一の神として信じる限り、お前を守ろうと言うのです。


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