賭博を愛しすぎて破滅した天才数学者の末路 「賭博に負けない唯一最高の方法は…」

連載「歴史上の人物を診る」

早川智dot.#ライフ
『戦国武将を診る』などの著書をもつ日本大学医学部・早川智教授は、歴史上の偉人たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたことについて、独自の視点で分析する。今回はルネサンス期の医師であり占星術師でもある天才数学者ジロラモ・カルダーノを「診断」する。

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 平成30年も残り少なくなったが、この年を後の時代から振り返ると、おそらく7月20日参議院本会議において可決されたIR実施法案は歴史に残るはずである。政府の思惑通り、アジアの大国からお金持ちがどんどんやってきて日本で散在してくれる可能性もあるが、当然ながら身上をつぶす自国民もあり得る可能性が高い。

 貨幣経済の出現以来、賭博にのめりこんで財産を失うのみならず、社会的にも問題を起こす人々が存在する。一般的には低所得や教育の機会に恵まれない不幸な人々が賭博にのめりこむことが多いが、社会的地位に関係なく賭博のとりこになって財産や地位を失うことも少なくない。ルネサンス後期に生きた医師兼占星術師、また優れた数学者だったジロラモ・カルダーノもその一人であろう。

■賭博に勝ちたくて数学者に

 カルダーノは1501年9月24日、イタリア・ミラノにレオナルド・ダ・ヴィンチの親友だった弁護士の私生児として生まれた。1520年にパヴィア大学に入学さらに名門パドヴァ大学へと移って医学を修める。解剖と臨床の傍ら、患者のホロスコープ(星占い表)を作成して診断と処方の決定に応用するという、当時としては最先端の研究を続け、教授資格を得る。後世からは、21世紀前半は遺伝子医学の発達と遺伝子万能論が医学を支配した時代と評価されるであろうが、ルネサンス時代は占星術が最先端科学であった。現代から思えば、占星術など根拠のないまやかしであり、疑似科学以外の何物でもないことは当然だが、当時としてはギリシア・ローマ時代以来の伝統ある学問領域であり、カルダーノは自他共に許すこの領域の第一人者だった。

 しかし、教授にはなったものの、狷介孤高な性格が災いしてどこからも声がかからない。開業したところで患者も来ず、趣味(副業)の占星術と魚釣りと数学に多くの時間を費やす。そして、三次方程式の解の公式の発見や確率論の基礎的理論を打ち立てる。

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患者が来ない暇つぶしに博打

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