次に、この法律は、事故が起きた時に損害賠償を支払えるようにする措置を採る義務(「損害賠償措置義務」)を電力会社などの事業者に課している(第6条)。それをしなければ運転は認められない。

 ところが、その義務が、何と、1200億円の準備だけで良いとされている。前述したとおり、61年の法制定当時の50億円から10年ごとの見直しで引き上げが続き、JCOの臨界事故などを受けて1200億円になった(第7条)。それが、2009年だ。福島事故の前で、「安全神話」が健在の頃。大規模事故のことなど議論されなかったのだろう。

 この1200億円は現金供託でも良いが、実際には他のやり方が認められている。それは、民間の保険をかけて備える方法と国の「補償契約」による方法の併用だ(これも第7条)。補償契約は国が保険を引き受けるようなものである。

 国が引き受ける事故の対象は、地震・噴火・津波と正常運転によって生じた原子力損害に限定されるが、1200億円まで損害の補填に応じる。それ以外の原因による事故の場合は、民間の保険で1200億円までカバーする。

 政府の補償率は0.2%。1基あたり、年間2億4000万円で済む。滅茶苦茶に低い水準の保険料と言える。

 1200億円で足りないケースは2011年の福島事故までは生じたことはなかったが、法律では、念のために、国は電力会社が賠償するために必要な援助を行うことになっている(第16条)。

 ここまでが制度の概要だ。

◆原発を維持するために何が必要かと議論を進めてきた政府

 実は、過去数年かけて、原子力委員会の原子力損害賠償制度専門部会では、官僚主導で、電力会社の責任強化を避ける驚くべき議論が行われてきた。

 そこでは、原発「国策民営」論が議論の大前提となるように官僚が誘導し、その考え方は、以下のような形で使われた。

――国が原子力発電を「重要なベースロード電源」と位置付けたので、電力会社はそれに応じて原発を運転しなければならない(『国策民営』。)したがって、事故の時には、電力会社だけでなく国も責任を負うべきだ――

 電力会社は、福島の事故後、原発は安全で安いと主張し、経産省もそれを前提にして、「重要なベースロード電源」と位置付けた。ところが、いったん「重要なベースロード電源」の地位を得ると電力会社は、全く逆のことを言い出す。

「原発を維持するには、事故の損害賠償額が少額に抑えられないとリスクが大きすぎて誰も運転できない。損害賠償の上限を設け、それを超えたら国が責任をとることにすべきだ」というものだ。

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懸念はなくなったと安心させる高等作戦