こうした謙虚さと多様性を受け入れる能力は、混迷度が増している時代の経営者にはとても大切な素養だろう。世界経済や技術動向、自分の会社の実情(現場の実態を含めて)などすべてを知ることは難しい。最近の相次ぐ検査不正問題の発覚をみると、会社全体が正しく運営されているかを確認することの難しさがよく分かる。それなのに経営者が「自分は分かっている」と思い込み、経営判断したとすれば間違えやすくなる。そんな時、「自分は本当に分かっているのだろうか?」と自問自答しながら、他の考え方はないかと多様な戦略を検討する、という柔軟な姿勢が今の時代には必要になっているのではないだろうか。

 経済や経営に関するビジネス書やノウハウ本を読み、分かりやすい処方箋を書いてみても、今のような複雑な時代には役立つ保証はない。必要なのは謙虚さと多様性を受け入れる寛容さであり、それを生み出すための源となる「教養」である、というのがアスペンの基本的な考え方である。

 日本アスペン研究所が開催するセミナーの数は10年前の2008年度に12回だったが、今年度は43回に増えている。経営者にとって「教養」の必要性が認識され始めているのだろう。

 アスペン研究所は1950年に米国コロラド州に設立されたのが始まり。その前年、1949年に「ゲーテ生誕200年祭」で、シカゴ大学総長のロバート・ハッチンスが講演した。そこで「我々の時代の特徴のうち最も予期せざるものは、あまねく瑣末化が行きわたっていることである」と指摘し、「我々の文明にとって最大の脅威は無教養な専門家による脅威である」と結論づけた。その演説を契機にし、設立されたのがアスペン研究所だった。

 ハッチンスが演説した1949年よりも今は経営も技術も専門性が問われるようになり、経営者や技術者の守備範囲は狭く、専門的になり、瑣末化しているに違いない。瑣末主義と専門主義の悪弊を脱することを目的に設立されたアスペン研究所の重要性は今の時代には増していると言える。

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