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後輩との「答え合わせ」 難治がんの記者にとってのお見舞いとは?

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

お見舞いに来てくれた福島総局時代の後輩、佐藤啓介記者(中央)と新婚の彩乃さん(左)。28日、東京都内の病院

お見舞いに来てくれた福島総局時代の後輩、佐藤啓介記者(中央)と新婚の彩乃さん(左)。28日、東京都内の病院

 うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。46歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回はお見舞いについて。

【お見舞いに来てくれた福島総局時代の新婚の後輩が…】

*  *  *
 視力がすっかり落ちた。もともとの近視、老眼に加えて、入院後、鼻先のスマートフォンを眺めて過ごす時間が長くなったせいか、視界がいっそうぼやけた。

 先日、看護師に付き添われて洗髪を済ませ、廊下を歩いて行くと、20メートルほど向こうの病室の前で、スーツ姿の男性が待っていた。さて、誰もお見舞いに来る予定はない。だが胸のあたりで小さく手を振ってきたのを見ると、知り合いらしい。相手が目上だった場合に備えて、まずは同じぐらいに振り返し、さらに会釈した。

 2メートルほどまで近づいたところで、ある先輩記者だとわかった。

 13回目となる今回の入院では、なぜかこの「事前連絡がない」パターンが多い。

「最近は『ドタキャン』じゃなくて『ドタ現れ』『ドタ見舞い』みたいなものがはやってるんですかね?」と問うた。


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