広島・田中の盗塁を阻止するソフトバンク・甲斐 (c)朝日新聞社
広島・田中の盗塁を阻止するソフトバンク・甲斐 (c)朝日新聞社

 鷹の「肩」と、鯉の「足」。1回から、その対決にドーム中の視線が注がれていた。

 広島の先頭打者・田中広輔が8球粘った末、四球を選んで出塁した。レギュラーシーズンでの32盗塁は、セの盗塁王ヤクルト・山田哲人33盗塁に次ぐ2位。さらにチーム95盗塁は、3年連続のリーグトップの数字だ。「走る広島」はチームの伝統でもあり、誰もがそのイメージで見ている。

「仕掛けてくると思いますし、その準備はしていると思います。こっちも、意識しすぎたらよくないとは思うんですが『仕掛けてくる』と思いながらやっています」

 そう語るソフトバンクの捕手・甲斐拓也の盗塁阻止率.447は今季の12球団トップ。いまや「甲斐キャノン」の異名で日本球界を代表する強肩でもある。

 肩と足の対決は日本シリーズにおける、まさに“もう1つの頂上対決”でもある。

「2軍で初めて見たときに『なんでこのキャッチャー、背番号が3桁なんだ』って思いましたね。そのときから、とにかく肩はすごかったんですよ」

 そう振り返ったのは、広島の玉木朋孝・内野守備走塁コーチだった。2010年の育成ドラフト6位入団から、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得するまでに成長した捕手は170センチと、この世界では小柄なサイズ。その“小さな捕手”を何よりも際立たせていた特徴こそが、その肩だった。

 盗塁を阻止するのは「投手と捕手の共同作業」というのが野球界の常識でもある。セットポジションからモーションを起こし、投球が捕手のミットに収まるまでのメドは「1.2秒」。それより遅い場合は盗塁を許す確率が格段に上がると言われる。

 さらに、投球を受けて捕手が送球し、二塁ベースカバーの野手のグラブに送球が収まるまでのメドは「2.0秒」。これをメジャーでは「ポップアップタイム」と呼び、強肩の指標ともされている。

 この2つの動作の合計「3.2秒」が、盗塁を許すか、阻むかのボーダーラインになってくる。文字通りの“コンマ以下”の戦いの中で、捕手の肩が重要な要素を占めているのだが、甲斐はその「ポップアップタイム」で驚くべき数字をたたき出している。

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甲斐が捕手だと、相手は走れない