仕事は事務。コミュニケーションは筆談だが、文章を長々と書くわけにもいかない。けれど、聴者たちは、彼にさまざまな配慮をしてくれた。

<ぼくのことを理解してくれている。うれしい>

 彼は、自分たちろう者について、反省した。

<自分たちも、権利ばかりを主張してしまっていたのかもしれない>
<ろう者も、しっかりマナーを身につけなくてはだめなんだ>

 ぼくは、この職場でがんばる。聴者のみなさんと、ともに歩いていくんだ。

 彼は前向きに仕事に取り組みはじめた。けれど、めでたし、めでたし、では終わらなかった。

 4月に経営体制が変わり、職場にあらたな上司が来た。その人は、聴覚障がい者に、まったく理解がなく、こう言い放った。

「聞こえる人も聞こえない人も、関係ない。自分のことは自分でするように」

 職場から、いっさいの配慮がなくなった。そして、聞こえる後輩社員が、彼にこう言った。

「ぼくの仕事が10なら、あなたは2だ。みんなの仕事が10なら、あなたは2だ」

 心にグサッときた。でも、なんとか仕事をこなしてきた。けれど、しばらくして、頭が熱くなるようになった。仕事が手につかない。そんな様子を、まわりの聞こえる人たちは見ている。でも、会話ができないので説明することは不可能だ。病院で医師に告げられた。

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病院で医師に告げられたのは…