もう一つ、本庶先生がおっしゃったことで印象深かったのは「何かを知りたい、不思議だなと思う心が大事だ」という言葉です。

 お付き合い当初は、「相手のことを知りたい」という気持ちが強かったと思います。そして、「なんでこの人はこんなに他人に親切にできるんだろう」とか「なんでこの人はこんなに決断力があるんだろう」などと思ったかもしれません。その何故がさらなる観察をもたらします。観察は新たな発見をもたらし、さらなる興味を呼びます。

 一方、倦怠期のカップルは、相手はどうせこんなもんだろう、と決めてかかっていますから、当然知りたいことはなく、「不思議だな」と思う代わりに、「要するに相手は馬鹿なんだ」と思って、新たな観察をしません。

 毎日観察したって、変化なんかない、とおっしゃる方もいますが、それはちょっと違います。もちろん、毎日画期的発見があるわけではないですが。

 良蔵さんは、妻はどこに旅行に行っても近所に動物園があると行きたがるのを、結婚以来10年近く、動物好きなんだな、思っていたのです。確かにそういう面はありますし、その一言で説明できたつもりになっていました。

 しかし、夫婦で子ども時代の時の話をしていた時、妻は「父親に遊んでほしかったけど、忙しい父親はなかなか相手をしてくれなかった。でもたまに(といっても小学生時代に数回ぐらい)動物園に連れてってくれた」と話してくれました。

 話がつながりました。つまり妻の動物園は、父が動物園に連れてってくれた幸せな記憶とつながっているのです。それがいいとか悪いではなくて、そういう人生を歩んできてそれが現在にこう反映しているんだ、と理解がひとつ深まりました。動物園好きと言ったら表面の現象だけですが、こう理解するとその人の人生の線の一つが分かります。

 そうした人生の線が大量に束ねられて現在があるのですが、どんな人も人生の線は尽きないほどあります。そういう観点で、相手のことを知りたい、と思うと、知り尽くすことなど到底できないほどの、まだ知れてないことや不思議なことがあるはずです。(文/西澤寿樹)

※事例は事実をもとに再構成しています

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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