一般的に盗塁は「バッテリー対走者」の戦いといわれるが、局面が変われば、その構図は変化する。バッテリーが「対打者」に集中すれば、走者が有利に働くし、「対走者」を意識すれば、打者への意識は薄れる。西武打線の怖さは「走者」と「長打力」が常に重なりあっているからなのである。

「サインなしで選手が考えてやるというのが、僕が理想とする野球なんです。選手たちが自主性を持ってやってほしいんです。それが技術力につながっていきますから。個性を潰したくない」

 辻発彦監督は、自身の中にある指導の根幹をそう語っている。

 サインで機械的に動くチームの戦略は時に偏りを生む。何せ決断を下している人間が一人なのだから、読まれてしまうことがある。しかし、試合に出ている個々が考えて動いているとなれば、これほど読みづらいことはない。

 盗塁のスペシャリストが3人いても、3人が同じ考えを有しているわけではない。

 個が試合を動かしている。だから、山賊打線は驚異的なのである。(文・氏原英明)

●プロフィール
氏原英明
1977年、サンパウロ生まれ奈良育ち。地方新聞社勤務を経て、03年からフリーライター。夏の甲子園は03年から大会をすべて観戦取材するなど、アマチュア野球に精通。現在のプロ野球選手のアマチュア時代を知る強さを生かし、プロの現場でも成長ぶりを追いかける。一方、最近では個性がどう生かされているかをプロアマを問わず観戦の主眼に置いている。近著には「甲子園という病」 (新潮新書)がある。