佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や「幼獣マメシバ」シリーズで芝二郎役など個性的な役で人気を集める。ツイッターの投稿をまとめた著書『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)のほか、96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がける
佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や「幼獣マメシバ」シリーズで芝二郎役など個性的な役で人気を集める。ツイッターの投稿をまとめた著書『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)のほか、96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がける
「計算外の放屁は恥ずかしい」が持論(※写真はイメージ)
「計算外の放屁は恥ずかしい」が持論(※写真はイメージ)

 個性派俳優、佐藤二朗さんによる「AERA dot.」の新連載「こんな大人でも大丈夫?」。日々の仕事や生活の中で感じているジローイズムをお届けします。

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「放屁」という言葉が好きなんです。ええ。好きなんです。言わずもがなですが、「放屁」とはその字の通り、「屁を放つ」ことです。いや別に屁をすることが好きな訳ではありません。いや特に嫌いでもないですが、取り立てて「僕、屁をするのが好きで好きで仕方がないんだ!」という訳でもありません。放屁という「言葉」が好きなんです。「ほうひ」という語感にも何やらワクワクしますし、同義である「オナラ」よりも1歩も2歩も後ろを歩くような控えめな佇まいが好きなんです。何を書いてるんだ俺は。放屁の佇まいってなんだ。担当K氏が怒りを通り越して泣いてる姿が目に浮かぶが、沈めてこのまま書き進めよう。

 数年前。ショッピングセンターのエレベーターで、僕と同年代の中年男性と2人きりになりました。密室。オヤジ2人。勘の良い読者諸兄は文の流れからして大層イヤな予感がしてらっしゃることと思います。ええ。その予感、当たってます。微塵の差異なく当たってます。

 彼を責めるつもりはありません。なぜなら彼には良心と恥じらいがありました。彼は、臀部(でんぶ)の片方を広げ、無音放屁に挑んだのです。しかしその目論見は無残にも失敗に終わりました。ええ。失敗です。「ブッ」という音は回避されたものの、「スーーーーーーーーーーーーーーー」という、それはそれは長い、彼にとっては永遠にも似た、永く、苦しく、切ない、いわゆる「抜け放屁」の音色が密室に響き渡りました。意を決して、ひとたび緩めた臀部、放たれた屁を、途中で止めることは至難の業です。彼にとって唯一の救いは無臭放屁だったことでしょう。

 やはり彼に非はありません。今、わざわざ改行したことにより、「この話題、まだ続ける気か」と絶望的な気持ちになった読者諸兄。諦めなさい。そしてこの文、携帯で書いてるので、「彼に非はありません」の文が予測変換で「彼に屁はありません」となったことも併せてご報告しておきます。そうです。彼を責めてはいけません。むしろ僕は彼を抱き締めたくなりました。いや抱き締めたくはありませんが、密室という戦場で果敢に無音放屁に挑み、散っていった戦友として、彼を讃えたい。ちなみに彼は紺色のTシャツにベージュの短パンで、僕と軽くペアルックになっていたことも併せてご報告しておきます。

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佐藤二朗

佐藤二朗

佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家、映画監督。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や映画「幼獣マメシバ」シリーズの芝二郎役など個性的な役で人気を集める。著書にツイッターの投稿をまとめた『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)などがある。96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がけ、原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)がBD&DVD発売中。また、主演映画「さがす」が公開中。

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自在に屁を放つ、あの俳優の技術は芸術