中央省庁などで障がい者の雇用数が水増しされていた問題。チェック体制の甘さなど様々な問題が指摘されているが、そもそも障がい者が社会に出て働くことについての理解は進んでいるのだろうか。『ろう者の祈り』の著者・中島隆さんが、ろう者の人々が耳の聞こえないことで直面する現実がいかに厳しいかを、手話通訳士で日本語教師でもある鈴木隆子さんに聞いた。

*  *  *

 そのむかし、ろう者の仕事というと、歯科技工、印刷、和裁、洋裁、理容業などに限られていた。けれど、最近は企業が事務職として採用することが増えている。法律で決められた障がい者の雇用率をクリアするためだ。従業員50人に1人以上、障がい者を雇わなくてはならないことになっているのだ。

 ここで、いくつかの用語について説明しておこう。まずは「ろう者」。これは、生まれつき耳が聞こえない方、または、幼いころの病気などで聞こえなくなった方のこと。「聴覚障がい者」というと、聞こえずらい「難聴」や大きくなってから聴力を失った「途中失聴者」の方も含まれる。日本で暮らす聴覚障がい者はおよそ35万人、そのうち、ろう者は6~7万人とされている。

 一方、耳が聞こえる人たちについては、「聴者」または「健聴者」といった言い方がある。ここでは、聴者と表現する。

 ところで、雇いやすい障がい者は、どういう人だろうか。ろう者は、視覚障がいがある人にくらべて、いろいろできるだろう。ろう者は、車椅子でがんばる人より雇いやすいだろう。なぜなら、バリアフリーの工事がいらない。だから、ろう者を事務職として採用する企業が増えている。

 鈴木隆子さんの言葉に、熱がこもる。

「でも、人事担当者は、採用したろう者の書いた文章を見て、失望します。ああ、自分は出来の悪いろう者を採用してしまった、と。それは、まったくの誤解なんです」

 ろう者がふだん使っている母語は、手話である。文法も語彙も、そして語順も、日本語とはまったくちがう。ろう者にとって、日本語はいわば第2言語なのだ。

次のページ
ろう者から文書の添削依頼が多い理由とは…