粘土質の土で固められているメジャーのものと比べても、甲子園の“ソフト感”は否めない。地面を踏ん張る力が余計にかかる分、松坂の下半身に負担を強いた。阪神相手に、3回まで無失点と順調な滑り出しを見せながら、4回に入ると、松坂がやたらと右足を気にかける様子を見せ始めた。

 5点の援護をもらった4回、大山悠輔に左越え三塁打を許すと、1死三塁から陽川尚将に左越えへタイムリー二塁打を浴びての1失点。続くナバーロへ3球目を投じる直前だった。松坂が左足を着地する部分の土を何度も何度も、スパイクで削った。そのナバーロはレフトフライに打ち取ったが、三塁のバックアップに走った松坂はファウルゾーンでうずくまったかと思うと、両足を伸ばす仕草を繰り返した。首を捻り、右手で何度も右腰や尻の部分を叩いた。

 明らかな異変。それでも、続く伊藤隼太を2ボール2ストライクと追い込むと、5球目に内角へ139キロのストレート。伊藤のバットは動かず、見逃しの三振。しかし5回にもピンチは続いた。2死から、北條史也に左前打。続く糸原健斗は一塁へのゴロ。チェンジかと思いきや、松坂のベースカバーが遅れた。ビシエドが必死に一塁へ駆け込んだが、糸原の足が一瞬速くセーフに。明らかに、足の状態が影響している。4点のリードがあるとはいえ、続く打者は大山。長打が出れば、試合の形勢は一気に変わってしまう。松坂より1歳年下の37歳・朝倉健太投手コーチが慌てて、三塁側ベンチを飛び出してきた。

 38歳の体は、パンク寸前だった。しかしこんなところで、負けられない。朝倉コーチが取ってくれた間を使い、松坂は気持ちを落ち着けた。2ボール2ストライクとして、5球目を投じる直前、セットポジションに入った松坂はプレートの右足を外し、セットを解いた。大山の打ち気をそらし、足場をならした後の5球目、142キロのストレートはファウルにされ、6球目の140キロのストレートもボール。力で押した後の、カウント3―2からの7球目。松坂が選んだのは、外角へ逃げていく127キロのスライダーだった。大山のバットが空を切ると、松坂はくるりとバックスクリーンの方に体を向け、それからベンチの方へと歩いていった。それは20年前の夏、甲子園の決勝で見せたラストシーンと同じようなポーズだった。

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