ところが、松坂はプレートをしっかり蹴っているのだが、体が全くぶれないのだ。だから、腕を振り抜くスペースが、体の前方に空いているのだ。

「腕が出てきて、前でボールを離す。だからコントロールも安定するんよ。スライダーにしても、カーブにしても、すごく曲がるじゃろ? あれが、でけへんのよ。ワシなんか現役の最後の頃、プレート蹴って、勢いつけて投げてた。そうせんともう放れんのよ。ほら、見てみ?」

 甲子園のマウンドで、高校生が必死に投げている。ネット裏から白武の解説を受けながらその姿を見ていると、投球のメカニズムが即座に理解できた。ほとんどの投手が、投げた瞬間に、軸足と体が一緒に前に出てくるのだ。それだと、体全体の力を使っているように見えて、腕が振り切れないので、ボールに伸びがないのだ。理想のフォーム。そのメカニズムを理解した上で、松坂は高校時代にその「理想型」を確立していたのだ。

「五体満足だからこそできる。理にかなった投げ方なんよ。だから、松坂はメジャーでも、あれだけ勝てたんよ」

 今、松坂には、その投げ方はできない。右肩、右肘にメスを入れ、腕のしなやかなしなりもない。右足の蹴りの力も使って、体全体を、振って投げるような形になっている。

「そやから、あれ、最後のアガキなんじゃよ。ワシらも同じじゃ。それでも松坂は、144キロくらい出しとるじゃろ? それがテクニックよ。あれから20年やろ。ずっと投げとるんよ。たいしたもんじゃわ」

 白武と同様に、20年前の夏、甲子園のネット裏で松坂大輔を見ていた一人が、中日きっての目利きといわれる、編成部アマスカウトディレクターの中田宗男だ。

「最初に見たのは、2年生のときだったと思うんだけどね。そりゃ、強烈やったよ。思ったより華奢なのに、それでもこんな球を投げられるんだなと。体全体を使って投げられる。これは、まだまだよくなるぞと」

 2年春の関東大会だったという。逸材の存在を聞きつけ、将来をにらんだ上での視察に訪れたときだったという。中田も松坂の「後ろ足」に、目を引かれたという。

「後ろに残しているというより、まず軸足でしっかり蹴って、それを全身で受け止めているから、腕がびゅんと前にいく。普通なら体が流れてしまう。こういう投げ方が、よくできるなと思ったね。すべての筋肉を使って投げている印象だったし、こんな難しい投げ方、こんなのがあるんだなと。普通はできないですよ。フィニッシュを見たら、前の腕が伸び切っている。あの投げ方だから、あの球なんですよ」

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現在プレーする中日でも当時から絶大な評価