「お前、俺のこと嫌いだろ?」

 三郎は、一人息子である光に自分が何もしてやれなかったと感じていた。そのため、息子は自分のことを嫌っているのではないかと思い込んでいたのだ。光は想定外の父の発言に驚き、そんなことはないと否定した。その後間もなく三郎は息を引き取った。光は自分が親不孝をしてきたことを思い知らされた。

 光は著書などでもたびたび父親のことについて触れているが、嫌っているという趣旨のことは一切書いていない。むしろ、建築家として職人の世界に生きる父に子供の頃から憧れを持っていたと語っている。

 また、三郎はさまざまな分野の知識が豊富な趣味人でもあった。若い頃には自分が書いた小説を太宰治に持ち込んだり、落語家の春風亭柳好に弟子入りしようとしたり、映画監督を目指そうとしたこともあった。漫才をするだけではなく、映画を作ったり小説を書いたりしてきた芸人としての光のキャリアには、父親が大きな影響を与えていることがうかがえる。

 大人になってから関係が途切れてしまったものの、光はずっと父親のことを尊敬していたし、心の底から慕っていた。そんな亡き父のことを持ち出されて疑惑をかけられたからこそ、光は怒りをあらわにしたのだろう。

 降って湧いたようなスキャンダルに巻き込まれた本人には気の毒な話だが、一お笑いファンの立場から言わせてもらえば、この日のラジオでの太田のトークはとてつもなく面白く聴きごたえがあった。太田はテレビ、ラジオ、ライブ、活字とさまざまな表現手段を持っている芸人だが、こういうタイムリーな話題について冗談を交えつつ時間をかけて深く掘り下げて語れるのはラジオしかない。ラジオというメディアの特性が存分に生かされていた。

 爆笑問題は時事ネタ漫才を持ち芸にしていて、芸能ニュースもしばしばその題材となる。また、太田はほかの人が避けるようなタブーにもあえて踏み込んでいくようなスタンスをとっていて、テレビで共演する芸人やタレントにまつわるスキャンダルがあれば、率先してそれをネタにしていくようなところがある。

 そんな彼は、自分がスキャンダルに巻き込まれたときにも逃げるわけにはいかない。太田には「受けて立つ」以外の選択肢がないのだ。だから、週刊誌が最愛の父を侮辱するような行為に及んでいたとしても、ある程度の笑いを交えながらそこに立ち向かうしかない。それが太田の芸人としての「業」というものだ。怒りを表に出し、やるせない悲しみをにじませながらも、ラジオを舞台に自らの言葉で戦う太田は輝いていた。芸人という生き物のすごさを思い知らされるのはこういう瞬間である。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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