車で行ける山麓には多くの人が集まるが、標高が上がるほど人は減り、トラブルも減少すると菊池さんは指摘する。

「1時間も山を登ればもっといい景色に出合えるとわかっていても、行く人は激減します。ましてや2、3時間にもなると登山客ならまだしも、わざわざ三脚や重い機材を背負っていく人は本当に少ない。むしろ山岳写真の文化が途絶えるのではないかと心配するほどです」 

 山岳地帯の写真を撮影するためには、登山のスキルや経験が必要となり、それを体得するには、かなりの時間を費やすことになる。

「時間をかけずに“いい写真”という結果が得られる場所が人気というのが現実。時間をかけて技術や経験を習得するくらいならもういいよ、と考えている人が多いのかもしれませんね」

 しかも苦労して山頂に登ったところで、天候がめまぐるしく変わる環境で、撮影の好条件がそろうとは限らない。

「山は自分の思いどおりには動かない。それを受け入れることが山の写真を撮るということですが、最近の人には耐えられないのかもしれません」

 菊池さんが撮影で冬山に登るときの装備は約35キロ。テントやシュラフ、食料などの生活用具に加え、撮影機材がのしかかる。

「生活用具の軽量化が進み、昔より楽になりました。そのぶん機材を持っていけるのですが、それを背負って登れるかどうかが問題です」

 装備を少しでも軽くしようと、食料や服を極力削る人もいるが、本末転倒だという。

「機材がなくても命はなくなりません。そこを勘違いしている人が多いんです。レインウェアを置いてきて、もしも雨が降ったら低体温症でアウト。自分の肩で背負って歩けないものは持っていけないとなると、機材をいかに選び、軽くできるかにかかってくるわけです」 

 こうした制約の中、限られた機材でいかに写真を撮るかが腕の見せどころとなる。

「いろんな条件を加味し、装備から何からを考えたうえで、唯一無二の一枚を撮ることが醍醐味。ライティング一つとっても太陽は東からしか昇らないし、雲一つすら動かせない。山の都合に合わせなきゃいけないところが面白いんです」

 菊池さんは、写真とはそもそも“面倒なもの”と思っている。深夜に起きて撮影現場に向かったり、わざわざ重い機材を持参したり、何時間も待ったりと、決して楽なことではない。

「面倒なことを『しょうがないな』と思いながらもやれる人と、あきらめてしまう人の間には大きな差があるはず。面倒くさくても準備を整えて、『あとはお願いします!』と祈り、写真を撮る。山や自然が好きだからこそやっていることなんだけど」

 厳しい山岳地帯をフィールドに活躍する菊池さんの指摘は、自然写真の撮影のあり方を考えるうえで、示唆に富んでいると言えよう。

「いい写真を撮りたい」という気持ちはプロも初心者も変わらない。自然や動物、周囲の人々への配慮を忘れない撮影のあり方を、一人ひとりが考えるべきではないだろうか。

◯菊池哲男(きくち・てつお)
山岳フォトグラファー。日本写真家協会(JPS)会員。専門誌「山と溪谷」「岳人」のほか、本誌「アサヒカメラ」などでもおなじみ。写真集・著書多数。写真展も数多く開催

(文/吉川明子)

※アサヒカメラ特別編集『写真好きのための法律&マナー』から抜粋