国際列車も多いのに… シムケント駅に外貨両替所がない理由 <下川裕治のどこへと訊かれて> (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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国際列車も多いのに… シムケント駅に外貨両替所がない理由 <下川裕治のどこへと訊かれて>

連載「どこへと訊かれて」

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下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)

深夜のシムケント駅。客引きのタクシー運転手がたむろしている

深夜のシムケント駅。客引きのタクシー運転手がたむろしている

 今年の4月、キルギスのビシュケクからタシケントに向かった。モスクワ行きの列車に乗り、途中のシムケントで降りた。午前1時近かった。駅では余ったキルギスの通貨を両替できなかった。シムケントは列車の乗り換え駅だ。国際列車も多い。しかし両替所すらない。

 駅前で待つタクシーで両替所に向かう。シムケントの中央を貫通する国道沿いの一画が妙に明るかった。

「なんですか、これ」

 輝いているのは、すべて両替所だった。24時間営業。どこにしようか迷うほど店が並んでいる。国道を大型トラックが走り抜けていく。

 中央アジアの国々が、旧ソ連から無理やり独立させられてから28年になる。独立直後、旧ソ連から大量の貨車や客車が中央アジアに送られたという。それは新生国への援助だったのか、それとも老朽車両の処分だったのか。

 中央アジア諸国も当初、鉄道に頼っていたが、やがて車の時代に突入していく。独力で道を整備していく。そして、シムケントが交通の要衝になっていくのだ。中央アジア諸国の国境は入りくんでいるが、ひとつのエリアと見ると、シムケントはその中心に近い。

 外観だけは立派なシムケント駅を思い出していた。おそらく旧ソ連時代に建てられたのだろう。しかし内部は閑散としていた。

 これが28年という年月らしい。


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下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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