■コーチ同士で方針をすり合わせることが大事

-ベテランには、どのような指導をされていたのでしょうか?

「例えば高橋智、鈴木健はヤクルトに移籍してきたときに打撃フォームで気になるポイントがありましたけど、それをそのまま指摘するのではなくて、どうしてそうやって打っているのかを聞きました。そのうえで、『もっとこうした方が打てるコースが広がるんじゃないか』という話からアドバイスをしたところ、本人たちが受け入れてくれました。自分が選手の時は中西(太)さんに色々なことを教わったのですが、やっぱりその選手によって言い方ややり方は変えていましたね。その影響は大きいと思います。コーチはそうやって最適な指導方法を模索していく必要があると思います」

-コーチ同士のコミュニケーションも大切になってきますね。

「初めにお話をしたように、最近はコーチも複数いますから、コーチ同士で方針をしっかりすり合わせることが大事です。当たり前ですが、コーチによって言うことが変わると選手は混乱してしまいます。特に二軍は方針やコーチが頻繁に変わるのは、選手にとって良くないと思います。一軍である程度実績のある選手は方針などが変わっても自分で何とか対応できる選手も多いですが、若手はコーチが変わったりすると、その影響を強く受けてしまいますから。広島が今強いのは二軍のコーチによる指導がうまくいっていることが大きいと思いますね。スタッフの顔ぶれを見ていても、現役時代の実績以外のところで選んでいるように見えます。しっかり指導する体制ができているから若手が伸びるんじゃないですかね」

-コーチをするうえでの難しさはどのあたりにありますか?

「難しいのは理屈じゃなくて天性でプレーしているような選手への指導でしょうね。特にバッティングはそうですね。そういう選手は自分にしかわからない独特の感覚で打っているので、こちらがあえて何も言わない方がいいこともあります。こちらの考えを伝えてもうまくいかないだろうなと感じたら、ある程度、本人の好きなように打たせてみる。それで、できるようになる選手もいます。本人が何か壁にぶつかったりして、質問をしてきたら、自分の考えを伝えるようにしていました。あとは、若い選手ですね。高校卒業して間もない選手などは未熟な点もたくさんありますが、強く言うと、萎縮してしまう選手も多い。そういう選手は『この部分はよくできているよ』とまず良いところを言ってやる。プロに入ってくるような選手は全員何かしら良い部分がありますから。そういう点に気をつけながら自分はやっていました」

 組織のトップは方針を示し、マネジメントは現場に任せる。まずは本人のやり方でやらせてみて、うまくいかない時に指摘する。誰にでも同じように指導するのではなく、特徴や実績に応じて指導法を変える。

 このようなことは野球界だけでなく、一般社会でも通じる話ではないだろうか。また、普段は日の当たらないコーチの役割がいかに大事かということがよく分かる八重樫氏のお話だった。コーチングスタッフの顔ぶれやその経歴、そして選手にどのように接しているかという部分に注目すると、さらに深くプロ野球を楽しむことができるだろう。(文・西尾典文)

●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている

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西尾典文

西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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