新潮社にすれば、講談社主催の賞選考で「小説」と酷評された『遺体』を、講談社が発表した『美しい顔』のなかでノンフィクションとして参考文献に入れていることに、引っかかるものがあるかもしれない。

 講談社からすれば、『美しい顔』をすばらしい純文学として世に問いたいという思いは強い。そのためには、かつて酷評した石井氏を含めて参考文献の編著書には、誠実に対応しなければという姿勢を感じる。

『遺体』『美しい顔』をめぐって、今回、新潮社と講談社のあいだで、「江戸の敵を長崎で……」というようなバトルが発生したというわけではない。年月も経ったし、担当者も違う。それでも、新潮社と講談社のあいだに因縁めいたものを感じてしまう。遺恨にまで発展しかねない。これは出版社によって小説観、ノンフィクション観の違いが示されたから、と見ることもできる。

 こういう視点から、小説、ノンフィクションを読むことも、読書の楽しみ方の一つかもしれない。

(文/小林哲夫教育ジャーナリスト)