要は優しい人なのだ。

 13歳の高橋少年に出会って以来、ずっと指導をしてきた長光歌子コーチが、中学生の彼と海外遠征に行ったときの話をしていた。2人で横断歩道を渡ったが、気づくと彼がいない。振り返ると現地のおばあさんの後ろをゆっくり歩いている。「信号が変わるまでに、おばあさんが渡り切れるか心配だった」と、彼は言ったそうだ。「こんな優しい子が世界のトップと張り合えるのか、心配になった」と振り返っていた。

 そんな優しいアスリートが「ドヤ顔」になるのは相当に自信がある時で、つまり勝利につながる。だけど勝負の局面以外は、優しさ=困ったフレーバーが前に出てしまいがち。つまり、ドヤ顏で色っぽい高橋に会えるのは勝ちにいく試合のみーーと、勝手に分析。
 そしてそして、7月1日だ。高橋が現役復帰を表明した。勝負の場面に帰ってきてくれたのだ。きゃー(2度目)。ブラボー(2度目)。

 決断に至った道について、「ソチ五輪後、怪我で世界選手権に出られず、そのまま引退してしまったが、競技生活をやり切って、自分の納得する形で次に進まないといけないんじゃないかと考えるようになった」と語り、「良いパフォーマンスができるのはあと5、6年だから、今後アイスショーなどで見ている人に失礼のないスケートをしていくためにも、現役復帰して体を作り上げていく必要があると思った」とも語った。

そうか、高橋くんってば、いろいろ悩んでいたのだな、悩みフレーバーだったのだな。困って悩んで決断した高橋くん、ブラボー(3度目)。

 年末の全日本選手権を目指し、10月の近畿選手権から出場するという。勝つために、帰ってきたのだ。ドヤ顔を見せてくれるに違いない。(矢部万紀子

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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