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「炎立つ」に出演した村上弘明が今だから明かす“奇跡”を感じた瞬間

連載「大河ドラマ誕生55周年の秘話」

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植草信和dot.#ドラマ
村上弘明さん (c)朝日新聞社

村上弘明さん (c)朝日新聞社

 父の仇である清原氏を討伐後、奥州藤原氏の初代となり中尊寺を建立した藤原清衡(ふじわら の きよひら)。藤原氏の礎を築いたその清衡を演じた村上弘明さんは当時のことを次ぎのように回想する。

「私は岩手県陸前高田の出身なので子供のころから両親や先生から清衡のことを聞いて育ちました。出演アファーは『腕におぼえあり』の出演中にいただきましたが、まさか私が郷里の英雄である清衡を演じられるとは思ってもいなかったので、本当に驚きました。大河に主演するプレッシャーよりも、清衡を演じることのプレッシャーの方が大きかったような気がします。ですから清衡が岩手県平泉建立した中尊寺金色堂には何度も詣でました」

 村上さんは、こんな秘話も明かしてくれた。

「もひとつ、清衡で忘れられないことがあります。2011年3.11の年、清衡が造った平泉が世界遺産に認定されたのです。実は3年前の2008年に申請した際は登録が見送られました。3.11の年に認定されたのは、争いがない理想の世界を実現するために中尊寺を建立した清衡の理念が、現代に甦ったような気がしました。3.11では多くの方が被災されました。その方々たちの霊を慰め、残された人々を癒すために清衡が造った平泉が世界遺産に選ばれたのは奇跡のように思えたのです」

 京都や江戸、鎌倉という中央都市を舞台にしたドラマが多い大河が、初めて琉球と奥州平泉という地方都市に目を向けた「琉球の風」と「炎立つ」。共に視聴率的には苦戦したが、地方から歴史を見直すという高い志に溢れた大河ドラマとして今も語り継がれている。(植草信和)


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植草信和

植草信和(うえくさ・のぶかず)/1949年、千葉県市川市生まれ。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。

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