ルソーといえば、17世紀英国のトマス・ホッブズ、ジョン・ロックと並ぶ「社会契約説トリオ」の1人だ。代表作の「社会契約論」はフランス革命に影響を与え、日本の自由民権運動家の間でも中江兆民の和訳が読まれた。

 ホッブズのことは、対立する二つの陣営から憎まれながら「万人の万人に対する闘争」を発想したことを前にコラムで書いた。そのもとになったのが、彼が最初に唱えた、人の「予見能力」だ。病気が先々どうなるか。そう考える私にとってホッブズも予見能力も遠からぬ存在なのだ。

 それでは、ルソーにも私との因縁があるか。家の本棚から関係ありそうな5冊の本を引っ張り出して読み出すと、まずは病気のことが目についた。

「以前からの尿閉症に腎臓痛が加わり熱がたかく、さらに胃が激しく痛み、たえず吐き気があり、ひどい下痢もある」

 桑原武夫編「ルソー」(岩波新書)の記述は息苦しい。

 しかし、ルソーの人間観はきれいごとで、ウソっぽく感じた。人間は自己愛に加え、他人の痛みを自分の痛みと感じる「憐れみ」の感情を持ち合わせている、というのだ。社会が成立していない「自然状態」を仮定したそれと、いまの私を直接重ね合わせるのは無理にしても、体が本当にしんどい時はほかの患者のつらさなど、どうでもよかったからだ。

「トリオ」でただひとり彼は学校教育を受けていない。家庭が崩壊し、放浪生活も体験している。肖像画ではどれもパッチリ開いているその目は、人のありようを見てきたのか? とすら考えた。

  ◇
 そんな見方をしたことを、いまは反省している。

 19日夜、近所で配偶者と夕食をとった帰り道。その日の昼間に自宅を訪ねてきた女性から聞いた話を伝えた。

「がんで奥さんをなくした男の人が、相手のご両親から『ストレスを与えたからがんになった』と言われることがあるんだって」

 がんをめぐっては「検診していれば見つかる。治る病気だ」とよく耳にする。だが女性は、そのどちらも難しい種類のがんで夫を亡くし、その患者会の代表をしている。

 彼女から聞いたその男性の気持ちを想像しながら配偶者に話していたら、すぐに鼻が詰まった。

次のページ