■最後の奇跡――レイテ島への潜水艇

 第三の奇跡もトラック島でです。わたしをふくめて5人に転勤命令がきたんですわ。突然のことでおどろきましたが、それから起こったことにもっとびっくりですわ。

 どこへ転勤さすんやと思たらね、フィリピンのレイテ島やと。命令を受けたのはみんな23、24歳のわかものばかりや。5人とも年齢だけをみたら元気ざかりですやん。実際は食いものがなくて骨と皮や。栄養失調でふらふらや。生きとるのかどうか自分でも分からんぐらいや。銃も重くて持てないほどによろよろや。そんなやつを転勤させてやな、なにをさすんや。連れていってなんになるんや。

 転勤を決めたヤツらは内地におるわけです。最前線のほんまの状況を知らんのですわ。わたしらが餓死寸前だと知らないわけです。おそらくな、書類をめくってね、年齢だけみてね、「お、こいつはまだわかいからつかえる」と考えたのとちがいますか。ああ、こいつも元気そうや、転勤させたれ。あ、こいつもおなじぐらいの年齢か。こいつも、こいつも。そうか、ほな5人やれ、てなもんですね。こうしてえらんだんでしょう。なにを考えとるんやと。

 それでもな、もう戦争はこりごりや。とても勝ち目はないと考えておりますやん。そんなときやからね、1日でもはやくトラック島を出たいですやん。少しでも内地にちかいところに行きたい。トラック島におったってなにもええことないんやから。

 制海権も制空権もとうにありません。それで海軍が昔つくった古い潜水艇でひとりずつ送りだすということですわ。口に出しては言われんけれどやな、ちょっとでもはやく行きたいですやん。つぎに餓死するのはだれやろかと、おれの順番はいつくるんやろかと、考えているのはそれだけですからね。5人でくじを引いて、ざんねんなことに、わたしは最終便の5番目になりました。つらかったですわあ。

 4人目までは決めたとおり潜水艇に乗ってレイテ島へ行きました。順調でした。あ、こんどはおれの番やな、やっと乗れるなと思てね、楽しみに待っとりました。

 ところがね、通信兵がわたしのところに来ました。瀧本、おまえが乗る潜水艇、沈んだぞ。そう言うてきました。レイテ島からもどってくるときに駆逐艦に見つけられてね、攻撃を受けて沈没したというんですわ。そういう連絡がきたんですって。

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