本社に対し、美香さんが、「保育は経験ある先輩を見ながら学ぶもの。パートでもいいから新人を教えられるようなベテランを雇ってほしい」と頼むと、「人は自然に育つから」と一蹴された。美香さんはそれでも、「保護者と信頼関係をつくるためには、お迎えに来た時にかすり傷ひとつのことでも細かく把握して報告しなければいけない。それにはきちんと見ることができる人材が必要。保育はいつどんな事故が起こるかも予測がつかない。慎重に考えなければ」と食い下がったが、「そんな必要ない。君の能力が低いのではないか」となじられ、何か物申すたびに、役員からは「君のやり方が悪い」、「シフトの組み方が悪い」とパワーハラスメントを受けるようになった。

 保育士は、普段から担任している子どもの名前を間違っている。食物アレルギーの子に間違って食事を提供しないか気が気でない。最悪のケースではアナフィラキシーショックを起こし、死亡する場合もある。普段の保育のなかでも小さなことを見逃せば、文字通り命取りになる。それをわかってもらえない苦しさ。もともと勝ち気な性格の美香さんだったが「何を指摘しても私がダメだと言われるうち、本当に私がダメな人間だと思うようになって、どんどん気持ちが沈んで行った」。

 さらに追い打ちをかけたのは、美香さんの労働条件だった。求人には、「週休2日制、残業なし。有給休暇消化率100%。ボーナスは年間で基本給の1~3か月分」と記載されていた。会社のホームページでも同じことが明記されている。しかし、美香さんは4月、月曜から土曜までずっと朝7時から夜8時まで休みなく働いた。唯一の休みとなる日曜は、子どもたちを部活などに送り出して洗濯を済ませると疲れ切って眠りこけ、最低限の家事をするのがやっとだった。

 雇われ園長でも残業代は支払われず、夏のボーナスはゼロだった。月給は交通費を入れても手取りでわずか20万円。「まるで求人詐欺ではないか」と疑った。保育の常識が通用せず、すべて美香さんの能力不足といわれ続けるうち、うつ傾向に陥り、美香さんはバーンアウトして8月で辞めた。

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保育園ビジネスに営利企業が続々参入