「蚊の鳴くような声で話してるくらいなら、今すぐ出馬をとりやめてこい」とある演説場所で、60代の男性に30分以上お叱りを受けた。何も言い返すことはできなかった。信頼している友人が私に言った。「田中の言葉で語ってないんじゃないかな」

 4月なのに吹き荒れる北風。コートを着ていても我慢できない寒さ。食事もろくに喉を通らず、眠れない日々が続いていた。告示までの準備における極度の疲労もあいまって、「僕の気持ちなんて誰もわからない」と喉元まで出かかった言葉を何度も飲み込む。

 告示前から毎日、襲い掛かっていた不安とプレッシャーから僕は逃げ出したくて仕方なかった。「こうしたらいいじゃん」という友人たちの優しい言葉を受け止める余裕は、持ち合わせていなかった。それでもわざわざ遠いとこから足を運んで、一緒に戦ってくれている仲間たちの姿が視界に入ってくる。気がつけば、涙があふれてきた。一息ついて、仲間たちに頭を下げた。「あと1時間、よろしくお願いします」

 僕も周りのスタッフも、選挙活動で、何をどうしたらいいのかわからない。そんな中で終えた初日の夜のミーティングで、「毎日試行錯誤して、自分たちが正しいと思える戦い方をしていこう」と話した。

 これまでの型にあてはまらない戦略を考えた結果、たどりついたのは、シンプルなものだった。外に立ち続け、ビラ16000枚を配り切ること。他の候補者ができない、かつ、若さと仲間を最大限に活かせることだった。

 強力な組織票と実績を持つ現職の区長に挑むには、無党派層を最大限囲い込むことが必要だ。そのためには、集まってくれたボランティアの仲間たちの存在が不可欠になる。しかし、候補者が近くにいないと、ボランティアはビラを配ってはいけないという公職選挙法が存在する。僕はビラを配らない時間を含め、朝の6時台から、夜0時近くまで、外に立ち続けることにした。

■選挙ではオンラインよりどぶ板

 もちろん、インターネットやSNSを最大限に使った選挙は徹底して行う。参謀の積極的にサポートによって、これもまた、他候補にはない圧倒的な発信力だった。一方で、僕は正直に仲間にこう伝えていた。

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「オンラインの力は信じていない」