「難治がん」の記者 「日本人に戦争をさせるのは簡単だ」と確信した“沈黙”の夜 (3/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「難治がん」の記者 「日本人に戦争をさせるのは簡単だ」と確信した“沈黙”の夜

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

久しぶりに訪れた「うまい」そばの店。天ぷらは配偶者と半分ずつ分けた。16日、東京都内

久しぶりに訪れた「うまい」そばの店。天ぷらは配偶者と半分ずつ分けた。16日、東京都内

 つい熱くなり、長くなってしまった。かつて三谷幸喜脚本で、元SMAPの香取慎吾が出演した「合言葉は勇気」というドラマがあった。そう、大切なのは周りとぶつかる勇気だ。

  ◇
 私には、勇気を出さずに沈黙した苦い思い出がある。

 大学4年生の時のことだ。運動系の団体に所属する友人に誘われ、大学の宿泊施設に行った。

 到着すると、彼の同級生に頼まれた。「1年生をだまします。クイズ大会では金をバンバン張って、どんどん答えてください。早押しボタンを押せば、ぜんぶ正解にします。金はお渡ししますから」

 夜、問題のクイズ大会が始まった。

 4人ほどに分かれたグループで、上級生たちは「じゃ、おれ1万」「おれも」と、あらかじめ渡されていた札を財布から切っていく。早押しボタンを押せば司会役が「正解」と判定するから、上級生の手元には札がみるみる集まった。

 1年生は「おかしい」とすぐ気づいたはずである。なんと答えてもすべて不正解になるのだから。すぐに「もう金がありません」と青ざめた。それでも抜けさせてはもらえず、キャッシュカード、時計、メガネと、次々に巻き上げられていった。

 クイズの途中で、上半身裸の1年生が上級生に連れられてきた。おなかに顔が描かれている。「皆さんを笑わせて」と言われて2、3度、ぐにゃぐにゃと、腹踊りのように身をよじったが、笑えるはずもない。「笑いは悲しみの中にある」と私が言うと、上級生は「なるほど」とペンのキャップを開け、リキテンスタインのポップアートのような涙を目の辺りに描き加えた。再び、ぐにゃぐにゃ。表情の死んだ1年生は最後までひと言も発しなかった。

 そうして2、3時間はだましただろうか。すっかり表情を失い、死んだ魚のように目をどろんとさせた1年生たちに、上級生が種明かしをした。

 よかった――という歓声は上がらなかった。うっかり信じたら、もっとひどい目にあわされるのではと、黙り込んでいた。ようやく彼らに笑顔が戻り始めたのは、巻き上げられていた金や品物が返されてからだ。


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