なぜメジャーではスター選手が監督になる例が少ないかというと、これはさまざまな理由があるだろう。その大きなもののひとつとして、選手としての実績と、監督やコーチとしての実績は基本的に別物だと考える米国の文化がある。

 メジャーに昇格できずにマイナーで若くして現役を終えた元選手が指導者としてのセカンドライフを志し、地道にキャリアを築いてメジャーのコーチに昇格。さらにそこから監督に抜てきという路線こそが王道、というコンセンサスができているのだ。コーチ経験もなしで、いきなりアナリストから転身してヤンキースの監督に就任したアーロン・ブーンのような例は極めて珍しい。現役引退直後に監督に就くという、千葉ロッテの井口資仁新監督のようなケースはほぼ皆無と言っていい。

 そして、この指導者としてのキャリアの王道が確立された背景に、マイナーまで含めると100チームを軽く超えるプロ野球チームのピラミッド構造が米国にはあるということも見逃してはならない。

 球団数が多いということは、それだけコーチのポストも多いということであり、選手時代の実績が乏しくともコーチの職にありつきやすいという、実に現実的な理由がそこにはある。逆に言えば、球団数が少ない日本ではコーチの椅子に座るのもひと苦労。となると、やはり選手時代の実績がものを言うのは必然でもあり、早々に選手として挫折した者に指導者としての再出発のチャンスが巡ってくることは少なくなってくる。これは避けようのない現実だろう。

 さらに現実的な話をすれば、日本とメジャーリーグでは現役時代に稼げる額が文字どおりの桁違い。何十億ドル、何百億ドルを稼いだスター選手が引退後も厳しく成果を求められ、ときには批判もされる指導者の道に魅力を感じないのも致し方ない。

 さらに、メジャーリーグには手厚い年金制度がある。ざっくり説明すると、10年間メジャーに在籍していれば生涯にわたって約2000万円ほどの年金が毎年支給されるのだ。財源不足で年金制度が廃止された日本プロ野球とは大違いで、これもまた引退後も指導者として稼がなくては……、とスター選手ほど切羽詰まった状況に陥りにくくさせている一因でもある。

 元スター選手が監督やコーチに就くことの多い日本のプロ野球には、往年の名選手たちのユニホーム姿を引退後も見られるという楽しみがある。それを営業的なメリットとして考えている面もあるだろう。

 それに比べると、メジャーリーグの叩き上げ監督は知名度で一歩譲るかもしれないが、指導者として経験してきた采配の妙でファンを楽しませてくれるのだ。もしメジャーリーグを観戦していて、「この監督、誰だっけ?」と思うようなことがあれば、経歴などを調べてみてほしい。きっと多種多様な苦労人としての足跡がそこには刻まれているはずだ。(文・杉山貴宏)