うつ経験者ではない読者からも、様々なうつヌケストーリーには好意的な感想が寄せられているという。「この本を読んで、初めてうつの人がどんな状況に置かれているのか理解できたという感想を、多数いただきました」(田中氏)。うつの人が身の回りにいる人にとっては、「その人は、どのストーリーに近い状態なのか」といった読み方もできるのだろう。

 30代の半ばだった頃、田中氏はあるゲーム開発会社で中間管理職をしていた。自身はうつを発症する前のことだ。同じチームの若いスタッフが心の病気になり、「会社を辞めたい」と相談されたことがあった。「その時の私の応対は、今思えば一番やってはいけないことでした」と、田中氏は反省を込めて振り返る。人はやる気さえあえばなんでもできる、投げやりになってはだめだと根性論を語ってしまったのだ。「自分 がうつになって、それが相手にとってどれだけマイナスなことなのかを思い知りました」。根性論で乗り切ろうとするのは絶対にタブーだと、今は感じている。

 田中氏はうつになってから、管理職の仕事とは本来何なのか、じっくり考えたことがあるという。

「最初から力強い戦力だという人材は、まずいません。部下を成長させ、戦力にしていく。そして任されたプロジェクトを成功に導くことが、本来の役割でしょう」

 仕事がうまくいかないと凹んでいる部下を、「だからオマエはダメなんだ」と更に叩いて委縮させるのは、本来の仕事とは逆ではないかと田中氏は言う。「いつまでにどんな状態へ成長させるかを設定し、その実現のためにどの部分は注意して、どの部分はほめるのか。冷静に考えるべきでしょう」

 大学で教える学生の中には、休みがちになったり、課題の提出が滞ったりする人もいる。そんな学生を、頭ごなしに叱っても仕方がないと田中氏は言う。「どういう理由から欠席したり課題が出せなかったりするのか。真の原因を探り、それを取り除いていけるよう一緒に考えていくようにしています」

 今の学生たちからは、「ほめてほしい」という承認欲求の強さを感じるという。一方で、ちょっと厳しく接した際にはメンタルの弱さも感じている。

「例えば欠席が多い学生に少し嫌みをいったら、そこからがっくり落ち込んでしまうことがあります」。自分たちシニア世代は、大勢の前で人を上手にほめることが苦手だと田中氏はいい、そこは修正の必要があると説く。

「若い人たちにはポテンシャルがある。彼らを教育する立場の人は、いかにそれを上手に引き出していくのか、方法を考えていく必要があります」 (五嶋正風)