共感的な関係を築いていると、相手が嫌なことをされたときの痛みが頭ではなくて感覚的にわかるようになりますから、心理的に相手が嫌なことをしにくくなります。衝動性をネガティブな方向に持っていかない有力な方法が共感だと私は考えています(共感については以前の記事に書きましたが、相手の感じ方を自分の中でシミュレーションして再現している実体験のことで、理解や同意とは異なります)。気づかずに相手を傷つけてしまった場合も共感がある場合と、ない場合ではその後の対応が違ってきます。

 優華さん夫婦もその一例ですが、夫婦カウンセリングをしていると、気持ち(共感)が先かセックスが先か、という平行線の主張にぶつかることがあります。セックスが先という感覚はどこか相手を物扱いしています。つまり優華さんの夫も優華さんを物扱いしているということです。

 少なくとも、優華さんの夫には優華さんと再び仲良くなりたいのであれば、(あまり分かっていない)共感を学ぶ必要があります。それができれば、もともと性的にも仲良くしたい気持ちもあって結婚した相手なのですから、優華さんの気持ちが変わっていく可能性は十分にあるのです。

 一方、山口さんの場合は、記者会見で「未成年からしたら大人の男性は怖かったんだろうなあ」と共感ともとれることを言っています。ただ、本当に共感しているのか、本当に相手の人を物扱いしていないのかどうかは、内面のことなので本人以外分かりません。自分が非難されている状況で、あのような言動が危機管理上「正解」とされているからという場合も少なくないのです。危機管理とは自分の危機の管理なので、相手に共感するということとある意味対極にあることです。

 マスコミに取り上げられた事件は、他の大きな事件が起きれば、いつの間にか忘れ去られてそれで済んでしまうことも少なくないですが、夫婦の場合はそういう自然消滅は、当事者が期待するほどおこらないし、「追及」は気持ちを準備して臨める記者会見だけではないので、本当のことを見透かされてしまうことが多いのです。マスコミ対策的危機管理が、夫婦の危機においても正解とは限らないのです。(文/西澤寿樹)

著者プロフィールを見る
西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

西澤寿樹の記事一覧はこちら