珍名踏切マニアがいく!「汽船場海岸通り踏切・靴屋踏切」が教えてくれた内房線の100年 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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珍名踏切マニアがいく!「汽船場海岸通り踏切・靴屋踏切」が教えてくれた内房線の100年

連載「珍名踏切が好き!」

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今尾恵介dot.#鉄道
南欧風の洋瓦葺きで新しくなった館山駅

南欧風の洋瓦葺きで新しくなった館山駅

かつて東京からの船が着いた桟橋へ向かう汽船場海岸通り踏切

かつて東京からの船が着いた桟橋へ向かう汽船場海岸通り踏切

かつてすぐ近くに靴店があった証人の靴屋踏切

かつてすぐ近くに靴店があった証人の靴屋踏切

今回紹介した踏切周辺の地図

今回紹介した踏切周辺の地図

 踏切の名称に惹かれて何十年の、いわば「踏切名称マニア」である今尾恵介さんが、全国の珍名踏切を案内してくれる連載。今回は内房線の「汽船場海岸通り踏切・靴屋踏切」を紹介します。

【フォトギャラリーはこちら】<汽船場海岸通り踏切・靴屋踏切編>

*  *  *
 ちょうど春休みの内房線普通列車には、大学のサークル合宿へ向かうと思われる女子3人が賑やかに乗っていた。車窓に海が大きく広がったのに1人が気づいて「あっ、海!」と喜んでいる。

 私もちょうど40年ほど前に、内房線で大学オーケストラの合宿で岩井海岸をたびたび訪れた。いつも岩井で降りていたから、そこから先は今回でまだ3回目くらいだろうか。久しぶりに降りた館山駅は南欧風の瓦が葺かれて新しくなっていた。

 すぐ先にある踏切へ急ぐ。この通りは国道から海岸へ出る通路なので交通量が多い。その名も汽船場海岸通り踏切というから、昔は汽船が発着する桟橋へ向かう通りだったのだろう。「汽船」という言葉はもはや死語になりつつあるが、汽船場はさらに古色蒼然(そうぜん)たる響きがする。

 海岸の方へ歩いてみた。400メートルほどですぐ海岸通りに突き当たり、その向こうは海だ。沖に向かって2本の突堤が伸びているが、かつて汽船が発着していた頃のものかどうかは判然としない。そもそもいつまで汽船がここに来ていたのだろうか。千葉県による「立入禁止」看板はあまり効力がないようで、中年カップルがその内側で散策し、釣り人も何食わぬ様子でじっと糸を垂れている。すぐ脇を流れるのは汐入川だ。

 汽船場海岸通りの西の突き当たり、つまり海のすぐ手前には「館山旅館」がある。汽船場健在なりし頃は、船を降りてここへ投宿する人も多かったに違いない。玄関は開いていて、どこかの高校運動部が合宿に来ているらしい。たくさんの靴で賑わっていたが、声をかけても誰も出てこない。ちょうどお昼過ぎの時間で忙しそうだ。

 何度か声をかけた後に現れたおかみさんは、昔のことは知らないという。ただ「東海汽船がそこに着いていた」ことだけは明言してくれた。先代がご存じではと思ったのだが、この旅館は中古で買ったそうなので知る由もない。


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