浅丘ルリ子が今明かす 石原裕次郎さんと過ごした「アフリカの夜」

中山治美dot.

「石原裕次郎シアターDVDコレクション21」か... (11:30)dot.

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 石原裕次郎、浅丘ルリ子、三船敏郎、仲代達矢出演、モンテカルロ、ニース、モナコ、ケニアなど世界各地でロケを敢行したサファリラリー映画の傑作「栄光への5000キロ」(1969年公開)。欧州とアフリカに滞在し約2カ月に及んだ過酷な長期ロケ。日本から遠く離れた地で裕次郎さんと浅丘さんは親密な時間を過ごしていた。「石原裕次郎シアターDVDコレクション21」で浅丘ルリ子さんが語った「裕ちゃんとの夜」――。

【裕次郎&ルリ子 当時の貴重写真はこちら】

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 撮影は約2カ月間、欧州とアフリカに滞在しました。その間、一度だけ日本に戻ったのですが、まこちゃん(石原まき子夫人)に頼まれて、裕ちゃん宛ての手紙を届けたことがありました。 

 製作費が限られている作品でしたので、スクリプター(記録係)をはじめ、ヘアメイクやスタイリストを連れて行くことが出来ませんでした。ですので、メイクや衣装の用意を全部自分で行いましたし、今考えてもマネジャーも付けず、よく私ひとりで行ったと思います。アフリカのホテルではサバンナモンキーがあちこちにいるし、トイレに入れば窓からキリンが覗くし、部屋に戻ってベッドに入れば、すごく大きなヤモリが現れて怖くて眠れない。スタッフに頼んで、一緒に泊まってもらったこともありました。それでも病気ひとつしませんでしたね。今でも健康には自信があるのですよ。

 海外ロケではラリーの撮影が中心です。ホテルから近い場所で撮影が行われるときは、私もお邪魔しないように同行したこともありましたが、ほとんどの時間はホテルでひとり待ちぼうけです。編み物をしたり、プールで泳いだり、ホテルの厨房を借りて料理したり。日本食が少しずつ恋しくなってくる。お醤油を使った料理が食べたくなるんですね。アンナ役のエマニュエル・リバさんもいらっしゃいましたが、フランス語ができないのでコミュニケーションを取ることが出来ません。そう、よく映画をご覧になった方が劇中での私のフランス語を褒めてくださるのですが、実は一言も話せないのです。発音が良いようですね。

 そうしてホテルでひとり寂しい思いをしていると、毎日、撮影から戻った裕ちゃんがコンコンと部屋をノックしては「今、帰ったよ。ご飯食べた?」と声をかけてくれました。大変な撮影できっと疲れているでしょうに、その気遣いが裕ちゃんらしくて嬉しかったですね。

 それだけ長いロケですので、ジャン・クロードドルオーさんから熱いアプローチを受けたこともありました。いつも私のことをじーっと見つめたまま、目を離してくれないのです。仕方なく裕ちゃんに「ずっと見られていて、どうしましょう?」と相談したら、返ってきたのは「好きに見させてやれ。放っておけよ」とあっけらかんとした豪快な言葉。私も「わかった! 放っておくわ」と開き直るしかなく、なんだか気が楽になったことがありました

 今思えば、石坂浩二さんは、これだけ長期ロケのある映画に快く送り出してくれたと思います。今だから言えますが、あのとき、石坂さんが「あなたが仕事を辞めるのはもったいない。女優の仕事を続けてください」と言ってくださった。おかげで今もこうして仕事を続けていられることをとても感謝しています。

(文/中山治美)

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