元近鉄・大西宏明氏が経営する大阪・心斎橋の焼肉店「笑ぎゅう」の店内には、松坂大輔から贈られた、Rソックス時代のユニホームが飾られている。(写真提供:喜瀬雅則)
元近鉄・大西宏明氏が経営する大阪・心斎橋の焼肉店「笑ぎゅう」の店内には、松坂大輔から贈られた、Rソックス時代のユニホームが飾られている。(写真提供:喜瀬雅則)

 大阪の心斎橋は、夜の遅い時間になってからも、人通りは絶えることのない“不夜城”だ。ファッションでも、飲食でも、まさに流行の最先端を走る、発信力の高い街でもある。

 その激戦区で、大西宏明は、人気の焼肉店「笑ぎゅう」(読み方は“わらぎゅう”)をオープンして、6年が過ぎた。すっかり、実業家の顔となった元プロ野球選手にとって、かつて、グラウンドでパフォーマンスを見せていたナイターの時間帯は、いまや、大事な“書き入れ時”となった。

「だから、ナイターはリアルタイムでは見られないんですよ。正直言って、もうプロ野球に関して、勝ち負けは気にならなくなりました。でも、親しい選手の動向は、やっぱり、気になります。その中でも、松坂大輔ですよ。特別、気になります。むちゃくちゃ、気にしていますよ」

 松坂大輔が、550日ぶりに、公式戦登板を果たした4月5日。巨人を相手に5回3失点と、無難にゲームメークした同級生のピッチング。大西は、仕事を終えた深夜に、そして起床後も、何本もニュース番組やワイドショーをはしごして、松坂の投球ぶりを、何度もその目で確かめた。

「彼に対して、僕なんかは、コメントできるくらいの選手ではないと思ってます。同級生であり、敵対した相手でもありますけど、ライバルというのはおこがましい。憧れの、同世代のスターです。だから、正直な気持ちはうれしい。一軍の舞台に戻って来てくれて、ホントにうれしいですよ」

 大西も、松坂と同じ1980年生まれ。あの「松坂世代」の一人である。
 
 20年前の夏、甲子園で生まれた伝説の一戦。準々決勝の横浜対PL学園戦は、延長17回の死闘となった。

 大西は、PL学園の「5番打者」を務めていた。

 2回、7回、11回。

 PLが得点を刻んだイニングで、大西はいずれもヒットを放っている。圧巻は「11回裏」だった。

 横浜が1点をリードしていた。松坂が、このまま守り切ったら、戦いは終わる。PLの反撃が始まった。

 先頭の主将・平石洋介(現・楽天1軍ヘッドコーチ)が左前打で出塁。バントで送っての1死二塁で、4番・古畑和彦が三振を喫した。

 大西は、近鉄、オリックス、横浜、ソフトバンクで9年間プレー、1軍で554試合に出場した。つまり、後にプロで活躍したプレーヤーだ。

 シュアな打撃、堅実な守備、俊足。それは、単なる過信ではなく、大西の実力は確かに、群を抜いていた。

「自分が、PLの中で1番いいバッターのはずなんです」

 そのプライドを、心の中に秘めていた。しかし、ネクストバッターズサークルで控えていた大西は、目の前の光景に、愕然とした。

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俺には、投げてへん…。