一方で投手としては、中学時代からの上積みが小さい点を指摘する声が少なくない。また大谷のような上背がなく、ボールに絶対的な角度がないのもそこまで評価が上がってこない理由であろう。しかし準々決勝の三重戦から少し風向きが変わり始めた。それまではスピードはあっても不安定という印象が強かったが、この試合はほとんどの場面でストライクが先行し5回から延長12回までの8回を投げて被安打4、9奪三振、四死球0で無失点という見事なピッチングを見せたのだ。

 続く決勝戦でも準々決勝、準決勝の2試合で23得点を奪った智弁和歌山の強力打線に対して連投の疲れを見せずに2失点で完投。登板した3試合での最速はそれぞれ147キロ(明秀日立戦)、147キロ(三重戦)、145キロ(智弁和歌山戦)をマークしている。ちなみに147キロというのは今大会で登板した全投手の中でも最速のものだった。これだけのピッチングを見せられれば、投手としての可能性も無視するわけにはいかない。

 そして根尾の良さはストレートよりもむしろ変化球にあるという点も大きい。130キロ近いスピードで手元で鋭く変化するスライダーとフォークは決め球に使えるキレがあり、少しスピードを落としたカーブで緩急を使うこともできる。また、本人の話では投手の練習は全体の2~3割程度しかしていないとのことで、それでもこれだけのピッチングができるというのは驚異と言えるだろう。

 以上のことを踏まえると、根尾がプロでも二刀流に挑戦する価値は大いにあると言えるのではないだろうか。プロ野球での二刀流は160キロを超えるスピードをマークし、打っても規格外の飛距離を誇る大谷にしかできないと言い切ってしまうのは簡単だが、大谷と違う良さが根尾にはあることもまた事実である。例えばピンチでも表情一つ変えずに投げ切る投手としての強さは高校時代の大谷にはなかったものであり、リリーフとしての適性も大いに感じられる。

 基本的には野手として出場しながら、週に1、2回セットアッパーとしてマウンドに上がる、そんな大谷とは違うプランも考えられるだろう。リリーフ投手がどのチームも不足していることを考えると、球界の需要にもマッチした起用法と言える。大谷の二刀流での成功で、野球の新たな可能性が広がったことは間違いない。それを大谷だけのものにするのではなく、今後のスタンダードとして広げるチャレンジを行う球団が出てくることに期待したい。(文・西尾典文)

●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。

著者プロフィールを見る
西尾典文

西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

西尾典文の記事一覧はこちら