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「DH制」なのに投手が打席に… “珍事”が生み出したドラマ

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久保田龍雄dot.

阪急の上田利治監督(当時)=1982年 (c)朝日新聞社

阪急の上田利治監督(当時)=1982年 (c)朝日新聞社

 ところが、そのシュルジーが大誤算。自らの暴投と鈴木貴久のタイムリーで2点を献上し、たちまち5対5の同点に…。

 だが、この継投失敗が結果的に吉と出るのだから、野球は最後の最後までわからない。

 時間切れ引き分け寸前の延長11回2死無走者で来日初打席に立ったシュルジーは、なんと赤堀元之の初球を左中間席中段に値千金の推定120メートル弾。その裏の近鉄の攻撃を三者凡退に切って取り、自らの決勝弾で勝ち投手になった。

 DH制導入後、打席に立った投手が本塁打を放ったのは、安打も含めて史上初の快挙だった。

 とはいえ、ヒーローになったシュルジーは「幸運だった」とコメントしながらも、「長谷川に申し訳のないことをした」と反省しきり。

 土井監督も「ウーン、すんなり勝たなあかんねん」と複雑な表情だった。

 シュルジーは1992年を最後に退団したが、日本での打席はこの1回だけだったことから、1950年の塩瀬盛道(東急)以来史上2人目の通算打率10割、長打率40割というレアな記録も残している。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。


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