いくら「平成の怪物」と呼ばれたスーパースターでも、復活は難しいのではないのか--。

 北野はそうした懸念を、自分の目で確かめることで1つずつ消していった。復活をかける松坂の姿に、北野は「何よりも野球が好きな顔をしていますよね」。

 北野の現役引退は1998年。その翌年、松坂はプロの世界へ飛び込んできた。横浜高のエースとして、春夏の甲子園を制覇したスーパースターを「テレビでよく見ましたね。すべてが完成されている感じがしましたね」。

 その松坂が今、己の可能性を信じ、現役にこだわり、必死に投げ続けている。

 北野はその心意気に感じ入るものがあった。

 中日の本拠地開幕は4月3日からの巨人3連戦。松坂のレプリカユニホームという新たな目玉商品をドームの売店に並べるとすれば、遅くとも2月初旬には発注を出さないと間に合わないのだ。

「だから『GOサイン』を出す勇気がいりました」

 オープン戦3試合、計10イニングを7失点。開幕へ向けてきっちりと仕上げてきた松坂の初登板はナゴヤドーム開幕3戦目、4月5日の巨人戦が決定的になった。

 北野の決断は実った。松坂の登板に合わせて、レプリカユニホームはナゴヤドームの売店に並ぶことになる。

 そして、北野の携帯電話は始終鳴りやまなくなった。商標登録、つまり中日のマークを使ったグッズに販売などの許可を出すのも北野の仕事だが、その商談の最中にも松坂グッズの新規商品の提案が業者からひっきりなしに入ってくるという。

 松坂はこれまでに多くの関連商品が出ていることもあって、類似品を避けたり、権利の関係を確かめたりする際、北野は松坂と接触する機会も増えてきたという。

 その時、グッズ用のサインも頼んでも、嫌な顔一つしないのだという。「我々との対応もすごく気持ちよくやってくれるんです。若い選手にも『ああやるから、人気があるんだよ。松坂の真似をした方がいいよ』といつも言ってるんです」と北野は明かす。

 中日・松坂大輔としての名古屋デビューの日は、刻一刻と近づいている。松坂が活躍すればするほど、北野の電話もきっと、さらに鳴りまくるだろう。

「いつ落ち着くのかと思いますよね」

 そう言いながら、北野の顔は困っていない。むしろ、松坂大輔との“コラボ”を楽しんでいるようだ。(文・喜瀬雅則)

(敬称略)

●プロフィール
喜瀬雅則
1967年、神戸生まれの神戸育ち。関西学院大卒。サンケイスポーツ~産経新聞で野球担当22年。その間、阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の担当を歴任。産経夕刊の連載「独立リーグの現状」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。2016年1月、独立L高知のユニークな球団戦略を描いた初著書「牛を飼う球団」(小学館)出版。産経新聞社退社後の2017年8月からフリーのスポーツライターとして野球取材をメーンに活動中。