そういえば4年前……まだ16歳の彼女にインタビューをした時、彼女が「今のはジョークよ!」を連発するので、英語がおぼつかないこちらとしては、本音か冗談なのか判別がつかずに困惑した覚えがある。「本格的なコーチに習ったことがないのに、なぜそんなに強いの?」と問うと、表情を変えずに「才能があるからじゃないかしら?」とシレッと言い放つ。

 なるほど、さすがに豪胆だ……と驚き感心すると、「ちょっと、今のはジョークよ! そんなこと書いちゃダメだよ。みんなに、傲慢な子だって思われたくないもの!」と慌てて、手を振り前言を打ち消した。「頭をペコリと下げる会釈、すごく日本人っぽいよね」と褒め言葉のつもりで言えば、「本当に? ちゃんとできてる? お姉ちゃんには、やめときなよって言われたんだけど」と、不安そうに聞き返してくる。

 言葉の壁やカルチャーギャップもあるなかで、会話や意志のすれ違いが、これまでにもしばしばあったのだろうか。ある頃から彼女は「私のジョークは理解されないことが多いから、最近は言わないようにしているの」と、ユーモラスな側面を自ら封印してしまった。

 その大坂が近頃では、再びチャーミングな笑顔と共に、会見でもジョークを言うようになってきた。その変化の最大の要因は、恐らくは新コーチのバヒンだろう。

「サーシャは、私の皮肉なジョークの数少ない理解者なの」

 爽やか好青年然とした長身コーチの、意外な一面を大坂が明かす。

「確かにその通り! 時に僕はね、すごく皮肉屋になるんですよ!」

 コーチは快活な笑い声をあげ、教え子からの人物評を肯定した。女王セリーナ・ウィリアムズのヒッティングパートナーを8年つとめ、その間、人心掌握術も培ってきたこのコーチが、カレイドスコープのように繊細でカラフルな大坂の人間的魅力を、引き出しているのは間違いない。

 対戦の時を切望し続けてきた「アイドル」セリーナとのマイアミ・オープンでの対戦は、そのような精神面の充実に伴う完全開花の最中で迎え、大坂の完勝でまずは一つの結末を見た。試合終了の時、勝者はガッツポーズも笑顔すらほとんど見せることなく、小走りでネットへと向かう。そしてセリーナと握手を交わすその前に、憧れの人への最大限の敬意を表した。

 それはこれまで見たこともないほどに、深く丁寧な会釈だった。(文・内田暁)