荒井保明医師(国立がん研究センター 理事長特任補佐/同センター中央病院放射線診断科 科長/IVRセンター センター長)
荒井保明医師(国立がん研究センター 理事長特任補佐/同センター中央病院放射線診断科 科長/IVRセンター センター長)

 命を救うのが医師の仕事である一方で、「命の終わり」を提示するのも医師の務め――。救急や外科手術、がんやホスピスなど死に直面することが避けられない現場で日々診療を行っている医師20人に、医療ジャーナリストの梶葉子がインタビューした『医者の死生観 名医が語る「いのち」の終わり』(朝日新聞出版)。その中から、日本を代表するがん治療の拠点病院「国立がん研究センター中央病院」で指揮を執る荒井保明医師の「死生観」を紹介する。

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 大学を卒業したての頃、実は、がんの治療にはあまり興味がなかった。当時のがん治療、特に抗がん剤の治療はそれほど効果がなくて、一生懸命頑張っても患者さんは結局、半年ほどでいなくなってしまう。治療の意義が感じられなくてね。

 ところがある時、血液がんの病棟で10歳くらいの男の子に会ったんです。1年以上入院してて、感染の危険性があるので病室からも出られない。僕は時々、その子の部屋に行って相手をしていたのだけれど、狭い病室には紛れもなく彼の宇宙というか、世界があった。はたから見れば、ご両親がいて、時々、医者や看護師がやって来て、それで完結している小さな世界です。でも、その子にとっては限りなく広くて、彼が感じたり考えたりするすべての情熱が満ちた世界そのものだった。そのことに僕は、強烈な印象を受けました。

 それからです。たとえがんという病気があって余命が見えていても、その人なりの世界を3カ月でも半年でも永らえさせるのは、決して無意味なことではない。そう思って、がん治療にのめり込んでいきました。

■本当に大勢の死にゆく方々とお付き合いをしてきた

 ここに来たのは2004年ですが、その前は20年間、愛知県がんセンターにいました。放射線科で診断をしながら、IVR(interventional radiology:画像下治療)をやって。当時は、IVRなんていう名前も治療のエビデンスも、何もなかったけれども。

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