他人の意見を聞き入れず、医師の忠告すら無視して不摂生を続けてきたクロちゃん。世間から嫌われてしまってもおかしくないところだが、不思議と彼の好感度は落ちていない。むしろ、一連のドッキリ企画や健康番組への出演を通じて、クロちゃんに対する人々の関心は高まる一方だ。なぜ私たちはクロちゃんから目が離せないのか。

 それは、どんなに嘘を暴かれても、彼が決して自分を曲げようとしないからだ。クロちゃんはもともとアイドルを目指して芸能界に入ってきた。今でも自分をアイドルだと思いこんでいるようなところがある。エステに行ったり、ジムに通ったり、半身浴をしたり、体のケアには人一倍気を使っていると本人は考えている。

 だから、必要以上に自分を良く見せようとするし、SNSでも明るく前向きな言葉だけを発信する。アイドルとして意識が高いはずの自分を頑なに信じて、それを覆すような負の側面の現実からは徹底して目を背ける。

 この一連の奇行も、クロちゃんが本物のアイドルなのだと考えれば、別に不思議なことではない。アイドルとは、自分をアイドルだと思い、周囲からもそう思われている人のことだ。クロちゃんには前者があって後者がないだけだ。

 2016年のアメリカ大統領選におけるドナルド・トランプの勝利以降、「ポスト・トゥルースの時代」に入ったと言われるようになった。客観的な事実よりも感情に訴える言葉の方が強い影響力を持ってしまうということだ。トランプ大統領は嘘を嘘で押し切る天才だ。理屈も根拠も何もなく、支持者を熱狂させるためだけに威勢のいい言葉を並べている。

 クロちゃんはその場しのぎの安易な嘘を繰り返しているが、自分に嘘はついていない。あの見た目で、あの芸風で、本気でアイドルになることを今でも信じ続けている。ポスト・トゥルースの時代にはこういう人間の方が強い。

 何者にも屈しないクロちゃんの力強い生き様は、SNS社会で他人からの目線ばかりを気にしている私たちに勇気を与えてくれる。息を吐くように嘘をつくクロちゃんが人として正しいかどうかはともかく、芸人としては間違いなく面白い。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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