そこから約1年半。松坂は平石の前に「99」を背負って、マウンドに立った。松坂のオープン戦初登板が楽天戦になるという記事を新聞で読んだとき、平石はたまらず、松坂にメールを入れたという。

「投げるの?」

「順調なら、その予定なんだよ」

 楽天の全体練習が終わるタイミングで、松坂がグラウンドに出てきた。一塁ベンチ前で遠投を始めると、ナゴヤドームが沸いた。「ベンチ前でキャッチボールしただけで、雰囲気が変わりましたよ。すごいです」。

 その感慨とともに、敵として、先発投手の状態を、ヘッドコーチとして分析しなければならない。かつてのような、剛球ではない。しかし、平石はこう思ったという。

「遠投しているときに、2、3歩、ステップして強い球を投げるとき、あったでしょ? 高校の時も、あの投げ方なんですよ。ここまで戻る…っていう言い方だと、ちょっとおかしいですね。でも、投げられる。これなら勝負になる。そう思いましたよ」

 一回、島内宏明を初球の140キロのストレートでレフトフライに、カルロス・ペゲーロには10球粘られたが、最後は126キロのスライダーで三ゴロに、銀次にも138キロのストレートでセンターフライと、三者凡退での立ち上がりを見せた。

 そして二回。平石が「あいつらしい」と振り返ったシーンは、先頭の4番のゼラス・ウィーラーに対してだった。2球目、125キロのスライダーで、キャッチャーへのファウルフライに仕留めた。その時だった。捕手の大野奨太が投げ捨てていたマスクが、ファウルゾーンに転がっていた。松坂はマウンドを降り、それを拾って、大野に手渡しに行ったのだ。

「あんなこと、普通、しませんよ。わざわざマウンドから降りてね。それも小走りで行って、渡しに行くんですよ。ああいうことができるんですよね。あれだけすごい選手なのに、昔から全く変わらない。キャッチャーのマスクを拾いにいくなんて、ホント、人柄が出ていますよ」

 あいつ、やっぱり、野球が好きなんだ。仲間たちと一緒に、プレーをするのが嬉しいんだ。その“心の原点”を、いまだに保ち続けている松坂の姿勢が、平石の脳裏に、しっかりと焼き付けられた。

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再び輝く松坂を…